雪が降ると大騒ぎする東京。
その地に生まれ育ち、東京に通勤している私は、「東京の寒さには必要ない」と、普段、手袋をつけない。
留学でヨーロッパに住んでいた頃は、ニット帽と手袋が欠かせない生活を送っていたけれど、マフラーに手袋と、つい落としてしまいそうな荷物が増えることが嫌だし、恋人と手をつなぐ時には人肌の温かさを感じていたいから、末端冷え性だけれど、東京では手袋をつけていない。
そんな私が、今冬、初めて手袋をつけたあの寒い日。
私たちは、栃木県にいた。
山々に囲まれた、自然のにおいがする、寒い場所にいた。

◎          ◎

「綺麗なイルミネーションが見たい」と言う私のわがままを叶えるために、恋人の車に乗って、わざわざ栃木県にやってきた。
私は、「自分でできることは自分でしたい、過度に人を頼りたくない」性格で、可愛げがないと言えばネガティブにも聞こえるし、自立したキャリアウーマンだと言えばポジティブにも聞こえる。
ずっと男性に食事をご馳走してもらうことも、ブランド品を買い与えてもらうことも、毎回家まで送ってもらうことも、正直苦手だ。
ちょっとおしゃれな食事をご馳走になるときには可愛らしく奢られていればいいものの、お財布のなかには「こころばかり」の文字が入ったポチ袋を常備しているくらいだ。

甘えることが苦手な私が、最大限のわがままだと思って、「行ったことがないイルミネーションを見に行きたい」と言った。
これを、私の恋人はわがままだとは思わないらしい。
彼によると、「静岡県にしかない『さわやか』のハンバーグが食べたいから連れて行って」くらい言わないと、わがままとは言えないらしい。

◎          ◎

私が人生で初めて恋人が運転する車に乗ったのは、日本ではなく、あるヨーロッパの国だった。
大学生の頃は、日常的に車を運転する同級生が少なかった。
私も車を運転するけれど、都会っ子らしく駐車が苦手であり、恋人とのドライブデートのチャンスがなかった。
だから、日本で、恋人が運転する車に乗り、助手席から好きな人を眺めるのは人生初の経験だった。

イルミネーションはとても綺麗だった。
綺麗という言葉では言い表せないほどの美しさだった。
ただものすごく寒かった。
手袋をせずにはいられない寒さで、お互い手袋をして手をつないだ。
手袋を通しても、暖かさが伝わるような気がした。
カメラ好きの私たちが、かじかんだ手で一眼カメラを持ち、撮れた写真を見せ合いっこする。

◎          ◎

さぁ帰り道。ドライブデートは危険だ。
電車で目的地に向かうのとは違い、2人だけの空間が長い間続く。
だから、1日中一緒にいたという事実が、その日を終えることを名残惜しく感じさせる。
「家まで送るよ」という彼と、「私の家まで送ってそこから帰ると、結構夜遅くなるよ」と、お互いの家の中間地点の駅で降ろしてもらおうとする私。
結局、中間視点の駅まで送ってもらうことになったけれど、赤信号で一時停止するたびに、私は彼の左手を握ってしまうし、彼に触れたくなった。
ふと、窓から夜空を見上げると、冬の星座がはっきりと見えて、東京では見られないほどの星の数がそこにはあった。

「帰りたくない」
そう言ったのは人生で初めてだった。
今ここで帰ったらなぜか後悔する気がした。
今家に帰って、一人になったら、泣いてしまう気がした。
楽しいデートをして幸せなはずなのに、1日中好きな人と過ごした後にやっぱり独りぼっちであることが身に染みて、その寂しさに耐えられる自信がなかった。
明日は月曜日で仕事があるけれど、それでも帰りたくないと思った。

◎          ◎

私はちゃんとした人生を歩んできたつもりだった。
お酒で記憶をなくしたことも、吐いたこともなく、朝帰りをしたこともなく、セフレがいた時期も、少しこじれた恋愛関係を結んでいたこともあったけれど、彼が、私のことを「真面目でちゃんとしている」と言うくらい、良い子であるつもりだった。
「帰りたくない」と言う私を、彼は、まさに絵文字の「びっくり」の顔のように、目を見開いて「えっ、帰りたくないの?」と見てきた。

結局、朝帰りをした。
会社に向かう人々と一緒に通勤電車に乗り、私は家に帰り、何事もなかったかのようにリモートワークを開始した。
きっと人生で最初で最後の朝帰りだ。
少しだけ大人になった気がした。
それは、朝帰りしたからではなく、離れたくない、一緒に眠りたいと思うような相手に出会えたからだと思う。