東京から新幹線で約4時間。広島は、緑に囲まれた空がきれいな街。
東京の混みあった複雑な繁華街と比べると、空間がパーッと広がっている街だった。
路面電車が走る街並みがかわいくて、食べ物もおいしい。
尾道にも足をのばして行ってみたけれど、快晴の空の下で、太陽に照らされてキラキラと輝く海が広がっていた。
ロープウェイで山の上まで登って、瀬戸内の絶景を見下ろす。
ビルと人工物に囲まれた東京とは違って、海と自然のにおいがした。
◎ ◎
「高校時代を共に過ごしたけれど、付き合わなかった彼のことを忘れない」というエッセイで想いをつづった、高校生からの儚い友情関係にある彼は、実は今、広島で働いている。
私と同じ、東京生まれ東京育ちの都会ボーイで、渋谷が遊び場だった私たちは、都会の騒音と人混みにもまれながら大人になった。
開発が進む渋谷駅と共に青春時代を過ごしたといっても過言ではない。
ラブホ街を横目に、学校帰りにゲームセンターに寄って、1回100円のダーツをして遊んで、電車で一緒に帰っていたのに、彼は、今では車で通勤していると言うから、びっくりしてしまう。
「ゴールデンウィーク、東京戻るけど会える?」と連絡があって、東京のカフェで会ったその1週間後、私は広島にいた。
彼から連絡が来るずっと前から、広島旅行を計画していたから。
今回は家族旅行。そういえば、中国四国地方に行ったことがないという話になり、2泊3日の広島旅行を予約した。
◎ ◎
「東京で会ったばかりだけど、せっかく広島にいるのだから……」という理由で、夜にディナーだけ一緒に食べた。
高校生の頃は、いつも駅で「じゃあまたね」とバイバイしていた彼が、「路面電車だと結構乗り換えるし、一日観光してたら足も疲れるでしょ」という理由で迎えに来てくれた。彼が運転する車に乗ることは、とても新鮮だった。
私も運転はできるけれど、そういえば、家族と彼氏以外の異性が運転する車の助手席に乗るのは初めてだった。
3年付き合って別れてしまった元彼氏とは、よく車に乗ったなぁと回想しながら、車窓から見える路面電車を見ながら、イルミネーションが光る大通りを通って、ちょっとだけおしゃれなレストランでご飯を食べた。
そういえば、2人でお酒をちゃんと飲むのも初めてだったっけ。
彼との記憶は、実はほとんど高校生の頃しかない。
同じクラスだった高校1年生の頃と、2つ隣のクラスになった高校2~3年生の頃。
クラスが違っても、廊下で毎日顔をあわせて、毎日LINEで会話して、週に1度は一緒に帰っていたね。部活帰りの集団に遭遇しないように、わざと遠回りで、2人横並びで帰ったね。
月に1度はどこかに一緒に出かけて、恋人じゃないけれど、プリクラも一緒にとって、修学旅行の夜は、引率の先生も寝静まった夜中に、ホテルの廊下のエレベーターホールで、セブンティーンアイスを食べながらたわいもない話をしていたね。
そんな昔話をしながら、今は、東京ではなく、広島で、カップルと着飾った女子会で埋め尽くされたレストランで、お互いの仕事の話をする。
「次広島来るときは、もっと遠出しようよ」
そんな話をしながら、私はホテルに戻り、東京に帰った。
◎ ◎
あれから3か月半。
「夏休み決まったよ。東京戻るけど、会えたりする?」
LINEの通知が鳴った。
「うん、会えるよ。何しよっか」と答えた。
彼は「いつかみたいに水族館でも行く?」と笑う。
そう、私たちは高校生の頃、東京にある水族館はほとんど制覇したくらい、よく水族館デートをした。
ペンギンを見ながら、「あ~、あのペンギンそっくりだよ。いつも授業中眠そうにしてるじゃん」とはしゃいでいた。
私の儚くて淡い思い出に、広島で一緒に食事に行ったことも追加された。
高校生の頃はよく2人の写真を撮っていたけれど、卒業してからは、1枚も写真を撮っていなかった。
なぜだろう。お互い気を遣っていたのかもしれないし、禁じられた恋愛ではないけれど、きっと結ばれることはない2人だから、カタチとして残る写真ではなく、記憶としてだけ残そうとしているのかもしれない。
一緒に写っている写真はないけれど、私は、スマホに保存された広島の美しい写真を見るたびに、彼との思い出がよみがえる。