もうすぐクリスマス、というあの日、珍しく大雪が降った。私の街はあまり雪が降らないし、積もるなんてことは滅多に無い。
朝起きたら、窓の外で夜を越したあらゆる物たちを雪が平等に覆っていて、それでもまだ飽き足らず大きな雪が降り続き積もっていくもんだから、空も地面も近くも遠くも全部白くて眩しかった。
雪だるまも雪合戦もできちゃう大雪なんて、私の記憶では5年以上前の冬以来だ。
まあ、もう大人なのでそんなことしませんが。
◎ ◎
大人は大変だ。
はしゃぐ心を隠して、妙に険しい顔で公共交通機関の運休や遅れだとか、車や屋根の除雪だとか、雪道の運転だとか、雪によって出た仕事への支障やその対応だとか……えーっと、あと何だろう?とにかくそんなことを唱えなければいけない。
他人事みたいにそれを眺めている私にも、勿論それは降りかかるわけで、公共交通機関の大幅な遅れで危うく遅刻するところだった。
ちなみに、危うく遅刻するというスリルを私は2週間に1度くらいの頻度で味わっているので、特に焦りは無かった。平常時に遅刻するほうが大問題である。
ほとんど雪を知らない街で育った私は、本当の雪の怖さを分かっていないから、慎重すぎるくらい気をつけて行動しないといけないと思う。
今日は険しい顔はせずとも、はしゃぐ心を隠して、大人しく粛々と業務をこなし家に帰ってご飯を食べて温かくして寝よう。
今日は上司同席の大切な商談が一つだけある。幸い、一つしかない。
◎ ◎
車に積もった雪。上司より先に駐車場へ向かい、除雪しておかなくてはならない。毎年、ニュースで観る屋根に積もったり、道を塞いだりしている雪を除ける映像を思い出す。
そういえば、どうやって除雪するんだろう?あんな大量の雪ではないし、手でいけるか……と、一人、素手で作業を始めるうちに、この方法は何だか違うということに気がついた。
全然積もった雪が無くならない。寒い。久しぶりの雪に興奮していて今日一日ずっと寒い。
数分後、同じく除雪しに来た他部署の先輩が大きな布を貸してくれた。
あっという間に除雪が完了した私は、降り続ける雪を眺めながら上司の到着を待った。
すぐに遠くの方に人影が見えた。が、それは、上司ではなく、当時気になっていた先輩であった。
「雪かき、手伝います!」
ビニール傘で屋根に積もる雪を落とす先輩の隣で、私は勝手に除雪を始める。勿論、素手で。
雪かきなんて先輩と関わる口実なわけだし、効率なんてどうでもいい。むしろ、効率が悪い方が都合いい。
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「雪だるま作ろっか」と先輩が言う。私は嬉しくなって、はい!と大きく返事をする。我ながら子どもみたいだ。
まずは雪玉1つを車の上に作っていると、首あたりに急に冷たいものが当たる。先輩が私を見てニコニコしている。
「もう!!」と少し怒ったように言いながら、私は内心嬉しくて仕方がない。
手の中にある、雪だるまの頭になる予定の雪玉は、雪合戦用の雪玉に変わる。
「こんなことしてるの、誰かに見られたらまずいね」と、雪玉を投げ合いながら先輩が笑う。
確かに、いつ誰が来てもおかしくない。まして、上司も来る頃だろうに全然来ない。会議に顔を出してから出発すると言っていたので、会議を抜けるに抜けられないのかもしれない。
もう大人なのに、雪合戦ではしゃぐなんて。
こんな不真面目に除雪をしているなんて。
普段、社内では挨拶程度しか話さぬ2人が、実は結構仲がいいなんて。
確かに誰かに見られたらまずいな、と思いながら、やはり険しい顔ひとつできない。
いつの間にか、私達は雪合戦を止め、雪だるま製作に移った。
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話題も「クリスマスの予定」に移る。
先輩は仕事で、私は休日にしていた。なお、クリスマスに何かしようとして休日にしたのではない。特に予定は無い。折角クリスマスがお休みなのに勿体ないですよねえ……と残念に思う気持ちが強かったため、口にも声色にも出ていた。
「また飲みに行こうね」と言って、先輩は車に乗った。
走り出す車を見送りながら、思う。
今日がクリスマスでいい。先輩と2人でこっそり雪で遊んだホワイトクリスマス。
寒かったあの日は、今、雪の日の思い出のなかで一番輝いている。