百万円。
正直、社会人を何年かやってきた者にとっては現実的な金額である。
だいたい家賃1年半分。数年かけて貯金すれば必ず手に入る。年末調整や会社の決算書などでは、これ以上に多い数字を見かける。企業が扱うお金としてみるならば、百万円は少ない額だ。
一方で、百万円は魅力あふれる金額だ。憧れていたブランドの服や鞄が買える。家電も一新することが出来る。ディズニーランドで金額を気にせず買い物が出来る。歯の矯正が出来る。新車やロレックスの安いモデルも購入検討出来る余裕が生まれるだろう。百万円があれば、庶民の大抵の物欲を満たすことが出来そうだ。
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百万円。だからこそ使うのに勇気がいる金額だ。
私なら百万円の使い道を、知恵熱を出すくらい悩める自信がある。20万円前後のノートパソコンの購入に半年以上悩むくらいなのだから。そして、悩みに悩んで1年、2年と過ぎて、結局買わない、ということをするに違いない。百万円を手に入れるまでの時間のことを思うと、躊躇してしまうと思うからだ。
何かを手に入れるために貯めたのに、貯めた労力という「価値」が物欲を上回ってしまう。きっと私の心の中で、そのような逆転が起こる、そんな予感がする。
自分の稼いだお金だから、こんなにも悩んでしまうのだ。もし、百万円が空から降ってきてでもして、自由に使えるならば。それはもう、派手に使って見せるだろう。日々抑圧されてきた物欲を、野に解き放ちましょうとも。
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南米旅行に行きたい。まず思い浮かぶのはそれだ。テレビでマチュピチュの映像を見て、空の清々しい青の下にある、荒涼とした古代遺跡の佇まいに惹かれたのが高校時代。そんなありきたりな理由で南米に興味を持ち、マチュピチュやウユニ塩湖、ナスカの地上絵、リャマやアルパカ、クスコの12角形の石が埋め込まれた石垣のことなどを知った。
一生のうち一度でいいから、それら全部を見たい。ということで、航空会社や旅行のサイトを調べたのが大学生の時。航空券が高すぎて撃沈した。
往復で20~30万円前後が平均だ。現地の物価は安いといっても、やはりホテルに現地ツアーに交通費と、お金はかかる。安全のためにはお金を惜しみなく使うべきだと、どこかの本で読んだ。移動に時間がかかるので滞在期間も長くなる。最終的には5、60万くらい予算を組んでおかなければディープな南米を満喫できないだろう、という結論に達し、そっとパソコンを閉じたのだった。
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百万円あれば、南米旅行は言うまでもなく、飛行機の座席も贅沢できるではないか。
学生の時以来、長時間座るということがめっきり減った私には、一日半の機内生活は辛い。ネットで調べると、エコノミークラス以上ビジネスクラス未満の座席「プレミアムエコノミークラス」がある航空会社もあるらしい。往復で70万円前後はかかるらしいが、足を伸ばせるゆとりが十分にあって、快適に旅ができるらしい……。
ついつい妄想してしまったが、仮に0.1%の確率で空から百万円が降ってきたとしても、お金以外の問題があった。
現職は1週間も有給休暇が取れそうな職場ではなかった。
私はそっとパソコンを閉じた。