特集:文章を書くということ

自分だけが得られる快感と満足感は、世界がもっと幸福になる理由に

文章を書くということ

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私にとって文章を書くことは自慰行為だ。

自分のためだけの自分の欲求を満たす自分本位の自分よがりな作業。そこには自分だけが得られる快感と満足がある。

小学生の頃に友達と交換し合った手紙のやり取りや交換ノートも、中学生の頃に流行った前略プロフィールやデコログも、高校生の頃にハマったTwitterやFacebookも全て自慰行為だったと思う。もっとも、これを言うと人間の殆どの行為が自慰行為に思えてくる訳だが、"自分ファースト"とはこういう事でもあるのかもしれない。

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私は、人と会話をするよりも文章でやり取りをする方が自分の伝えたいことが上手く整理でき、気持ちが楽だと感じるタイプの人間だ。

そのため、親や教員や上司などといった人たちの口から吐かれる説教やフィードバックや指導等というものには、ひどい効率の悪さと強いストレスを感じ、無駄な時間を勝手に奪われていくことへの怒りが沸いた。
集会や毎日の朝礼や終礼も、そんなに伝えたいことがあるのなら文章にして紙で渡して終わらせてくれればいいと思っていた。
他人の時間というものを何だと思っているのだろうかと習慣化された無意味な日課の理解に苦しんだ。

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そしてそれは、恋人に対してもそうだった。
喧嘩の場面では特にそう感じた。
何故わざわざ口で伝えるのだろう。

冷静ではない自分の生態を晒すことに恥じらいを感じないのだろうか。文章にしたら、起きた物事を冷静に自己分析することが出来るのに、ヒステリックを起こすことに、声を荒げることに何の意味があるのだろうか。

彼が文章にさえしてくれたら、口論ではなく、そちらに時間を注ぐ努力さえしてくれたら、私は無駄で苦痛な時間を過ごさずに済むのにな...、彼が理性的ではなくなる度、私はそう思っていた。けれど、そんな苦痛を与えてやりたい、というのが彼の本心で、この苦痛な時間を与える事こそが彼の目的なのかもしれない。だが、時間が大切で体力のない私はいつでも文章で自分の意思を伝えた。

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その時の感情だけで言葉を口に出すことが起こす失敗は簡単に想像できたし、実際、他者からのそれに傷付けられた過去の自分は多く居た。だから私は彼に怒りをぶつけられた時、事を大きくしないことだけに徹し、ひたすら彼の発言を記憶し、第三者目線で分析しながら、意見を求められた時には謝罪の言葉を口にしてその時間をこなした。
そして数日後、冷静になった頭で怒りの熱も冷めたであろう彼に自分の意見を文章で伝えるのであった。

だがこの時、私の経験では多くの男が「電話で話したい」などと言い出す。
私はこの時、猛烈に冷める。
話したい事があるなら、文章にして下さい、と。文章を打つことを面倒臭がっているような、勢いで何とかしようと思っているような、その姿勢が気に食わない。

◎          ◎

私には小説を読めない人間や、私にとって文字や言葉のセンスがないと感じる人間を見下すことで自分を納得させている節がある。
これは精神衛生上、悪いことではないように思っている。

極論、人が怒りという感情を持たないためには自分以外の人間を徹底的に馬鹿にし、下げて見ることにあると思う。
自分以外の他人を見下すという思考は、ある種、自己肯定感を高めることでもあるように思う。
全ての人間が口には出さずとも、頭の中で自分以外の全ての他人を下に見れたとしたら、世界は今よりもう少し、幸せになれるのかもしれない。

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