私は20歳になった。10年前、10歳の時に、2分の1成人式をした。
そのときに書いた自分宛ての手紙を10年間自分の部屋に大切にしまっていた。今年のお正月に帰省した際、やっと読むことが出来た。

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どきどきしながら封を破り、よくわからない折り方がされている手紙を開けると、色塗りがよく工夫された手紙が出てきた。今と字はあまり変わっていない。変な気分だった。
将来の夢について書かれていた。10歳の頃の私は薬剤師を目指していた。懐かしい!
思い出せば、それは読書が苦手な私が、唯一読めた本がマリー・キュリーの伝記で、彼女に影響されていたためである。自分の性格に納得した。
たしかに、私はすごい!かっこいい!と心を惹かれたものに関して、すぐに私もあんな風になりたい!と憧れを抱きやすい。
しかし私は将来の夢がころころと変わる方だったので、薬剤師になる夢はすぐにキャビンアテンダントになった。手紙に書かれている夢への熱い気持ちを読みながら、思わずツッコミが入る。

そして手紙の後半は家族について書かれていた。10歳の頃の私は、20歳になった今では少し恥ずかしくて家族には言えないような、思いやりに溢れた手紙を書いていた。
もちろん、10年前の私が書いていたことなので、20歳になった私は手紙の内容を家族に堂々と打ち明けられた。自分が書いたと思うと少し照れたが、当時家族に面と向かっては言えないけど、心の底から感謝していることを書いたので、今回伝えられて私も嬉しかった。
家族も私の言葉に思わず笑みがこぼれていた。素敵なこと言うね、って。私の気持ちを素直に家族が喜んで受け取ってくれたこと、素直な気持ちをそのまま文章にした正直な自分を誇らしく感じた。

そんなこんなで10年前の手紙を見て、20歳になった今、1年後と5年後と10年後にも手紙を書きたくなった。自分が自分に書く手紙がこんなにも面白い、またその手紙を見るまでの時間を楽しめるということ、手紙の素晴らしさを知ってしまったからだ。

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また、2分の1成人式を迎えたころの私に向けて、母が書いてくれた手紙も一緒にあったので、10年たった今、もう一度読み返してみた。

手紙によると、小さいころ、私はなにかと母に大好き~!と言ってよく母にハグをしていたそうだ。それが母の生きる活力になっていた。そんな小さくて可愛い、元気をくれる女の子が、今では(10歳のころ)部活、勉強に励み、時にはぶつかり合うこともあるけれど、大きく成長していく姿に力をもらうようになったと書かれていた。

いつも母と過ごしている中では、このような母の心情は知ることはできなかった。今も10歳の頃も、普段は宿題をしなかったり、洗濯物を出さなかったりで、怒られてばかりだったからだ。
しかし当時も、20歳になった今も、母からの手紙を見て感じた感情は似ているはずだ。それは母にとって私は本当に大切な存在であるということを感じてしまうことだ。
手紙に文章を書くときには、普段言えない内に秘めた思いをひしひしと綴ってしまう。だからこそ人からもらう手紙は嬉しいし、何度読んでも心の中に大事にしまっておきたくなってしまう。
自分からの手紙もそうである。将来の楽しみ、期待が10歳の私からひしひしと伝わってきた。その感情を受け取るのはとても喜ばしく、幸せな瞬間だった。

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文章は不思議だ。文章を書くことで誰かがそれを読み、共有できる。それはただ文章を共有するだけではない。文章を通してその文章を書いた相手の心情まで読み手は受け取る。
秘められた本当の想いを人から受け取ると、受け取った人はまた新たな特別な感情を抱く。そして温かい気持ちになる。手紙は書く人も受け取る人も両方が自分の気持ち、相手の気持ちに向き合える。
時を超えて、人を超えて、思いを受け取れる、それが手紙の一番の魅力で、文章を書くということだ。