2018年12月。
その日は私にとって大きな挑戦の日だった。赤紫色のニットにチェックのガウチョパンツ、慣れないコンタクトレンズとメイクをして、私は都内へ向かう電車に乗っていた。
街はクリスマスを前にして浮足立っていたが、寒さゆえかそれとも緊張してか、私の手足は冷え切っていた。
生まれて初めて、推しのイベントに向かっていたのである。

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1カ月ほど遡る11月某日、当時大学2年生だった私はスマホを前に固まっていた。
まあどうせ当たらないだろうし……と軽い気持ちで申し込んだ、大好きな俳優さんのイベントチケットが当たってしまったのだ。

その頃の私は、お洒落して出かけることに大きな抵抗があった。それは、小学生時代に容姿をからかわれ続けたことに起因していて、それから約10年もの間引きずっていた。
デパートやショッピングモールに並ぶファッション系の店舗は眩しく、私の居場所なんか無いのだと囁かれているように感じた。お洒落は素敵な人たちが楽しむもので、自分には一生縁の無いものだろうと思っていた。だから、避け続けていた。

しかし、イベントチケットが当選してしまった。途端に脳内を駆け巡る、「イベントにダサい格好で行くと嫌がられる」というどこかで読んだネット記事。
なにより、イベントには「推しとのツーショットチェキ」が含まれる。推しの視界に入るのだ。あの、大好きで尊敬する人の視界に。
サッと血の気が引く。

まずい!これは本当にまずい!!!

慌ててカレンダーを見る。イベント当日まであと1カ月。クローゼットにはジーパンとトレーナーしかない。靴は履き古したスニーカーのみ。コスメは大学入学時にしぶしぶ購入して以来、1年以上新調していない。体形……は言わずもがな。
ここに、私の戦いは幕を開けたのである。

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幕を開けた……といっても、別に1カ月で魅力的に変身したとか、そういったことは無いのが現実である。
まず、何を着て行ったらいいのか皆目見当がつかなかったので、ネットで検索することにした。イベントの系統に沿って解説してくれている親切なページに辿り着いたものの、英文のごとく分からない単語が多すぎたので、結局近所のデパートへ行くことにした。

店員の方に恥ずかしながら事情を説明し、「どうしても悪目立ちしたくないし、推しの記憶にも残りたくないんです……」と相談したところ、快く相談に乗ってくださった。
店員の方曰く、トレンドの服を着れば、必ずアイテムの被るファンがいるはずなので、そこで撹乱できるだろう、とのこと。本当にありがたいアドバイスだった。
こうして私は赤紫色のニットとチェックのガウチョパンツを購入できたのだ。
ちなみにこの服装は大正解で、当日も周囲とのアイテム被りが多く、とても安心できた。

続いて化粧品売り場……はハードルが高すぎたので、ドラッグストアのコスメコーナーへ。今までは陳列棚を見ないように早足で通り過ぎていたのだが、今回ばかりは足を止める。売り場での滞在時間を短くするため、事前にネットで初心者にも使いやすいという商品を確認していたものの、どこに何があるのか分からず結局1時間ほどうろうろしていた。

化粧品は買うだけではなく、画材のごとく使いこなすのに時間がかかる。初心者向けの解説動画を見ながら練習に明け暮れるが、結局1カ月ではあまり上達しなかった。
何事も継続が重要なのだとこんなところで思い知った。

最後に、体形は最も大きな悩みだった。1カ月ですぐに成果が出るようなものでもなかったが、私は結果が欲しくて、単純に日々の食事から1食抜いたり、キャベツの千切りばかり食べたりした。体重は大して減らず、疲れやすくなって精神的にも疲弊した。
私の推しは、あんなにも前向きで人としてかっこいいのに、私はなんてダメな人間なんだ、と涙した日も多かった。
それでも、イベント当日は着実に迫っていた。

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結局のところ、ギリギリ及第点かと思われる服装で私はイベントに臨んだ。ツーショットチェキは、あまりの緊張でほとんど話せなかった。最終的に、全力でお辞儀して早足で逃げてしまったので、推しを困惑させてしまったかもしれない。
ただ、とにかく私はやり切ったのだ、という達成感があった。初めて自分で決めてお洒落な服に身を包み、お洒落な街を歩いて、推しに会ったのだ。
手足はキンキンに冷えていたが、頭は爆発するんじゃないかというくらい熱くなっていて、吹き付ける向かい風はとても心地よかった。

その日を境に私は、自分のマインドを変えていかなくてはいけないのかもしれない、と思うようになった。
なぜなら、イベントまでの1カ月間は、毎日のように自分のここがダメだから変えないといけない、と考えて疲れ切ってしまっていたからだ。これからイベントのたびにそんなことをしていたら、推しを好きでいられなくなるかもしれないと思った。
そもそも、洋服屋もコスメ売り場も、私を排除したりはしなかった。それらはただそこにあって、意味付けをしていたのは私自身だった。過去の傷が一人歩きして私にそう思わせていただけだったことに気づけたのだ。

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ダメな自分を外に出せないから隠すためにお洒落するのではなく、特別で楽しみだからわくわくしながらお洒落をする、そんな距離感でイベントを楽しみたいと思った。

あれから約4年が経過した現在、コロナ禍もあったが概ね理想の楽しみ方ができている。
それでも自分に自信がなくなった時は初めてのツーショットチェキを思い出して、踏ん張るのだ。