今年も桜が咲き始めた頃、推しがパーソナリティを務めていたラジオ番組が一夜限りの復活をした。
ちょうど1年前の春に放送していた推しのラジオ番組。
私は久々の復活に胸を躍らせた。
だけど、復活した推しのラジオ番組のジングルが耳に入った途端、なんとも言えない気持ちになったのだ。
理由は、ちょうど1年前に働き始めたコンビニの廃棄の味を思い出したからだ。

推しに会いたいとバイトを掛け持ち。試用期間を突破すべく頑張った

私はアラサーにして人生初のコンビニバイトを始めた。
8年間ニートを続けていたけど、熱心に応援している推しのライブ遠征費を稼ぐためにバイトを始め、とりあえず単発の派遣から挑戦した。
サボりも発動されず働けることがわかり、安定したシフトで働きたいと思い近所のコンビニを選び、夜遅くまで働いていた。

そしてその数週間後、「仕事として推しに会いたい!」と思い、求人応募したイベント会社との掛け持ちも始まった。
イベント会社は最初は試用期間があった。
業務が終わった後、夜遅くまでコンビニで働く。
そして次の日も会社に向かって緊張しながら業務にあたる。帰ったらコンビニ。これの繰り返しだ。
試用期間で採用見送りになる人も多く、お給料もあまり出なかったので、コンビニバイトを辞めることはできなかった。イベント会社からも本採用が決まるまでは、コンビニバイトとの掛け持ちを推奨された。

忙しくて身も心もクタクタだった。でもせっかく掴んだチャンスだ。
絶対にこの試用期間を突破してやる。
ここで頑張れば推しに近づけるかもしれないし、そもそも推しのおかげで頑張れているんだから、なんとしても結果を出したい。
そんな大好きな推しのラジオ番組が、コンビニバイトが終わる時間に始まる。
それをリアルタイムで聴きながら、廃棄になった焼き鳥とおにぎりとシュークリームを晩御飯として食べていた。

晩ご飯は廃棄になるコンビニの総菜やデザート。正直飽きたけれど

コンビニのホットスナックやお惣菜、デザートは賞味期限が近くなると売り場から撤去して「廃棄」となる。
売ることができず、捨てるしかない。中身は全く問題ないものなので、スタッフは食べたければ勝手に食べて良いと言われた。

最初の頃はコンビニの物が無料で食べられると喜んでいた。
だが、廃棄になるやつらは大体決まった顔のスタメン。
焼き鳥は油がベチョベチョしているし、おにぎりは米がグニャグニャだし、デザート類のクリームも心なしか、しつこい。

いつもいつも食べていると、「あー、これが廃棄の味かあ」なんて思えてくる。
要するに飽きた。
疲れているし眠いしで、ろくに味わえないこともある。だるい。
でも明日も朝からイベント会社での資料作りとか事前勉強とかたくさんある。
「ここを踏ん張れば、今聴いているラジオで喋っている推しに近づけるかもしれないんだから頑張ろう」と思い、たくさんの廃棄物を自分のエネルギーにしていた。

そして私は無事に試用期間を乗り越え、見事イベント会社で正式に採用となった。
「久しぶりに採用出来る子が現れてよかった」と社内で評価されて嬉しかった。
廃棄の味にも飽きたし、コンビニのバイトはもちろん辞めた。
レジで高額な誤差を出したり、揚げ物フライヤーの洗浄でボタン操作を間違え店内を泡まみれにしたりミスが続き、バイト仲間に無視され始めていたから、
「危ないところだったなあ。まあでも私にはコンビニが向いてなかっただけで、頑張ったら認められる今の会社に出会えたから良かった」
とホッとしていた。

まあ結局採用されたイベント会社も、クビになったんだんけどね。
試用期間を入れても1年も経たずして、辞めさせられた。

捨てられた身と食べ物。それでも明日のエネルギーにはなるのだ

会話が変、人間性が変、礼儀がなってない、社会人としておかしい、などと散々言われて険悪にもなった。
試用期間明けのお褒めの言葉はなんだった?なんのための試用期間だった?と思うほど。
結局、推しに近づくこともなく、嫌なことを散々言われ続けて、辞める直前まで無給の時間外労働も当たり前だった日々。

こんな未来が待っているとわかったら、あの時あんなに頑張れただろうかというくらい、辛い。
それに側から見ればまさしく無駄骨。
アラサーが推しに近づきたくて痛々しく夢見ちゃって、ずっとニートでなんの経験もないのに、会社で活躍できるようになりたいとか思っちゃって、バカみたいにがむしゃらに頑張るために廃棄を貪っていたなんて、滑稽じゃん。

結局会社に捨てられたアラサーの、無駄なエネルギーのためにむしゃむしゃと消費された、あの焼き鳥もおにぎりもシュークリームたちも、さぞ無念だったかもしれない。
きっと食べ盛りの子供たち、仕事や家族のために日々忙しい大人たちの腹を満たしたかったのだろう。

ただ、そんな廃棄物たちも、私が食べなければ本当に捨てられていた。
何もかもが滑稽でも、廃棄されたものを食べることは悪いことじゃない。
こんなおかしなどうしようもないアラサーも、そこだけ切り取れば、環境にとっては食べ物を無駄にしない良い奴だ。
そうやって少しずつ自分を肯定しよう。

それに捨てられたもの同士、私と廃棄たちはお似合いだったのかもしれない。
廃棄の味なんて言ってごめん。
廃棄物を食べるなんて見苦しいという人もいる。
でも私はこれからも、廃棄でも賞味期限が切れていても、お腹を壊すほど腐っていなければ食べよう。
そしてまた、新たな目標に向かう明日を生きるエネルギーの一つにしよう。
廃棄の味を思い出しながら、そんなことを思う、春の日の夜だった。