仕事終わりに一通のLINEが入った。
誰からだろうと開いてみると、16歳離れている中学1年生の従妹からだった。
「もぴ姉ちゃん、弓道の審査で気を付けた方がいいところあれば教えてくれないかな?」
“おつかれさま☆”のコメントが添えられたペンギンのスタンプと共にメッセージが届いた。

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私は中学・高校と弓道部に所属していた。
弓道には昇段審査というものがあり、弓道における礼儀作法や弓を引く時の射形、的中などを座射という形式(ひざまずいて矢をつがえ、その場に立ち上がって射ること:デジタル大辞泉より)で細部に渡って審査していただき、合格すれば級位や段位を取得することができる。

私は中学から高校までの6年間で弓道弐段まで段位を取得することができた。
従妹である彼女も中学で弓道部に入部し、審査が近いようで私にLINEをくれたみたいだった。

「合格してほしいから間違ったことは伝えられない。ええと、私が審査受ける時に気を付けてたこと、最初から思い返してみよう……」
かわいい従妹のために昔の記憶を一生懸命遡る。審査を受けたのは10年以上も前だけど、初めて審査を受けた日のことが鮮明に脳裏に浮かび上がってきた。

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私が審査を受けたその日は、とても寒い日だった。
自分の住む町から車で1時間ほどの距離にあった田舎町の審査会場は、あまりにも寒くてめったに降らない雪がちらつき、空気はすんと澄んでいた。

生地のそこまで厚くない袴は防寒をするにはあまりにも頼りなくて、その日の私は背中にカイロを2枚貼って、歯をガタガタ震わせながら弓道の基本動作である射法八節をひたすら頭の中で反芻しながら練習用のゴム弓を使って練習を繰り返す。

カイロを貼ってはいるけれど、室内にいてもどんどん手はかじかみ冷えていく。薄い袴を通り抜ける風がとにかく冷たくて、弓を引く動作をする自分の右腕はどんどん縮こまっていくような気がした。

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私が弓道を始めた理由は、弓道をされている人の姿をあるテレビで観て、かっこいいと思ったから。
球技も苦手、足も遅くて、運動神経に自信がない。そんな私もあんなにかっこよく弓を引けるような人になれたら、という思いで弓道部に入部した。入部して最初の頃は全員が筋トレや走り込みから始まって全然弓を引かせてもらえなかった。

弓道を続けて筋力や体幹が無いと弓を引けないと今なら分かるけど、当時は「どうしてすぐに引かせてもらえないんだろう」と、当時の私は思っていた。だから弓を持たせてもらって最初に矢をつがえ、的前に立って初めて弓を引けたときの嬉しさはすごく記憶に残っている。

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矢は的中しなかったけど、的前に立てた時のきりっと引き締まる周囲の空気感と、堂々と自分の射が出来た時の感覚が、私をもっと弓道が上手くなりたい、もっと弓道を極めたいという気持ちにさせた。
そんな嬉しさや悔しさを原動力に、審査日当日まで私は弓道にひたすらに打ち込んできた。
「今日の審査で今までの自分の成果を出し切る。今日は絶対に合格する」

雪がぱらぱらと降り、きんとした寒さが弓道場を包み込んだ中で審査が始まった。
目線は2メートル先の弓の延長線上を見ながら入場する。
肘はしっかりと張って背筋はピンと伸ばす。
呼吸に合わせて矢をつがえ、落ち着いて射法八節を行う。
弓を引くときには落ち着いて、一本ずつ丁寧に、大切に。
射が終わった後の退場も最後まで気を抜かず、細部に気を配りながら。

しん、とした道場内で頭の中で今までの練習を思い返し、ひとつひとつの動作に心を込めながら、私は弓を引く。座射で二本射を引き、審査の時間はあっという間に終わった。
あんなに審査を受ける前はガタガタと歯を鳴らして震えていたのに、ホッとした気持ちが寒さに勝ってしまったのか、終わった後はすっかり歯のガタガタも落ち着いて背中のカイロがほかほかと熱いくらいだった。
「あぁ、無事に審査が終わってよかった。力を出し切れてよかった」

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寒さのガタガタと緊張のどきどきで迎えた審査の結果は、無事に自分が目標にしていた級位をいただくことができた。当日遠方の審査会場まで連れてきてくれた両親が自分のことのように喜んでくれたことは、今でもはっきりと覚えている。
とても寒かったその日、級位をいただけたことでもっと上を目指してさらに弓道を極めたいと、私の熱い決意が生まれた。

その熱い決意があったから高校卒業までひたすらに弓道に打ち込んで最後まで続けることができ、弓道弐段という段位を取得することができた。その時の経験が挫けそうになった大人になった私を励ましてくれる糧の一つであることは間違いない。

従妹に私が審査時に気を付けていたことを箇条書きにして送ったLINEは、いつの間にか結構な長文になってしまった。でも、それくらい弓道の審査を受ける上で伝えたい大切なことがたくさんあるし、従妹には合格してほしい。頑張れ!!!の気持ちを込めて私はLINEの送信ボタンを押した。