いつの冬も寒かった。
というのも28歳の私はつい最近まで、高校生のときからずっと同じ紺色のジャケットを着ていたからだ。
しかもそのジャケットは貰い物で、持ち主が手放した後に母が着ていた。色と形と茶色のボタンと、何より裏地のうぐいす色があまりにも素敵で、母に借りるといいながらちゃっかり自分のものにしてしまった。
デザインはまさに自分の求めていたもの。けれど腰や脚が隠れる長さではなく、生地は綿で防寒性はあまりなかった。

◎          ◎

10年以上着たジャケットは、もはや相棒だ。苦しいときも嬉しいときもいつも私を温めてくれた。けれどやっぱり苦くて重い思い出が多い。
両親が喧嘩して嫌な気分で学校へ行き、バイトに励む毎日。母を励まそうと自分を後回しにして全力で母に寄り添った。
母を1番に家族中心に過ごした10代。そして自分が何をしたいかもわからないほどになってしまった20代。見返りがほしくてしたわけじゃないし、母や家族が可哀想で自分がしたくてしたわけだけど、何も返らず、何も変わらない現状に虚しさだけが残った。
結局、私の自己満足だった。相手を認めず、自分の感情で相手を見ていた。その人がそれで良いのなら私が変える必要なんてないんだ。

心をどん底に突き落とされるあの気持ちが、このジャケットには染み付いている。何度も沈んで、でももがきながらも一緒に頑張った相棒。大好きだけど、もう私は幸せになったし、もっと殻を破りたい。だからこのお正月に思い切ってジャケットを新調した。

過去の殻を破った私は、もっと身軽で、もっと暖めてくれるダウンジャケットも買った。初めてのダウンはびっくりするほどの暖かさと軽さで、自分の世界が少し広がった。冬のお出かけは冷えで体を崩すことがあったけれど、それは防寒対策ができていなかっただけで、この暖かさはもっと行動範囲を広げるなと思った。
新しいジャケットとダウン。1枚に頼らず、2枚使いで冬を楽しむ。どちらも品があって、何より着やすい。あまりの可愛さに出勤時はよく窓ガラスに映る姿を見てしまう。これからの未来も自分次第で気持ちよくいられるかもしれない。

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落ち込むときもあるけれど、小さいながらいろんなことを乗り越えてきた私は以前より「しょうがない」と立ち直るのが早くなったと思う。ポジティブ人間になるにはまだまだだけれど、このまま良い方向に持って行けたら良いなとゆっくりながらも明るい方へ歩いている。

そうなれたのも主人や主人の家族に出会えたおかげ。でもどん底に落ちる感覚を何度も味わったからこそ、もうその感情にはなりたくないという、過去の経験が確実に今の私を生成している。

人生無駄なことなんてないのだけれども、やっぱり苦しい過去は苦しいまま。思い出したくないけれど、それを良かったと思えるには未来を変えていくしかないんだと思う。
「我慢」と「頑張りどころ」を履き違えないで、目の前のことに楽しみを生み出す努力をした先に、笑顔でいられる自分がいるのかな。最近そう思いながら、新しいジャケットを着て寒い冬を過ごしている。