そうだ、カブで鹿児島へ行こう。
大学4年の秋、突然思い立った。
これくらい軽率に始まる方が楽しい。

通学で使っていた、110ccのHONDAクロスカブ。
これに乗って、瀬戸内の穏やかな海沿いを走るのが大好きだった。
そんな広島での生活も、残すところ4ヶ月。
大学生活の半分がコロナ禍だったが、ようやく落ち着いてきた。
卒業旅行を兼ねて、カブで行けるところまで行ってみようと思った。

◎          ◎

11月も終わりに差し掛かっていて、日中でもさほど気温が上がらない。
旅の道中は晴天だったのでまだ良かったが、5日目の最終日が大雨、高波、強風の悪天で、バイクには非常に辛い状況だった。
芯から冷えきっていて、手足の感覚はもう無い。濡れた身体で鋭い風を切るのが、刺さるほど痛かった。

震えが止まらなくなってきた。これ以上走りたくないけれど、明日は授業があるので帰らなければならない。疲労もピークに達していたが、走るのは止められなかった。

時間が惜しくて、その日は朝からあまり食べていなかった。かなり着込んでいるので、お手洗いも面倒だ。
しかし我慢できず、松山を過ぎた辺りでコンビニへ寄った。

とにかく暖を取りたい。
店内をよたよたしていると、レジ横のケースの中で、あんまんがほかほかと温められている。私は迷わず手に入れた。この状況で、あの誘惑に勝てる人間はいるだろうか。
イートインスペースに「使用禁止」と小さく書かれていたが、どうにもできない程に、凍てついた身体がSOSを出していた。申し訳ないと思いつつも、見えないふりをして使わせていただいた。

◎          ◎

キンキンに冷えた手でぬくぬくのあんまんを持つと、じんわりと温度が伝わってきた。顔を近づけると、ほわほわと湯気が立っている。ふかふかで、もちもちで、あったかくて、甘くて、天にも昇る心地だった。
衝撃的に美味かった。

食べ物を食べて、初めて泣きそうになった。
ちょっと泣いたかもしれない。

店員さんが近くに来たので、
「(イートインスペースを使ってしまい)すみません……」
と小さく言ったら、
「大丈夫ですよ!ゆっくりして下さい!」
と快諾してくれた。
出会った人がみんな優しくて、また泣きそうになった。
ちょっと泣いたかもしれない。

旅の道中、美味しいものをたくさん食べた。
ちょっと贅沢してやろうと、回らない寿司をカウンターで食べたりもした。
けれど、背伸びをした回らない寿司よりも、凍えながら食べた130円のあんまんの方がはるかに美味しかった。

◎          ◎

突然思い立った往復1200㎞の鹿児島旅行。
旅の始めから終わりまでずっと寒かったけれど、それらは温かい思い出となった。

個性豊かな色んな人達との出会い。
インスピレーションを掻き立てられる美しい景色との出会い。
私を満たしてくれる美味しい食べ物との出会い。
新しい自分との出会い。
何より、あのあんまんは生涯記憶に残るであろう。

寒くて、疲れて、空腹で、辛くて仕方がない。そんな時に噛み締める、食べるという幸せ。
日々のありがたみを痛感しつつ、しみじみと人間というものを知った旅の最終日だった。