旅と聞いてまず思い浮かぶのは、大学の卒業旅行だ。
友達と二人で、ベトナムからカンボジアを経てタイへ陸路で横断した。ツアーには参加せず交通手段とホテルだけを予約し、あとは現地に着いてからその日その日で予定をたてた。

ベトナムからカンボジアへ移動するバスの中で、他の乗客達と交流

ベトナムからカンボジアに入った日は、一日中バスに乗っていた。
地面は舗装されておらず赤土が剥き出しで、牛が道路に飛び出すためバスが途中で何度も停止した。私たちが日本人だと分かると、他の乗客達はトイレ休憩などでバスを乗り降りするたびに「コンニチワ」と挨拶してくれるようになった。
夕食休憩のためバスが停まり、1時間の自由時間が与えられた私たちは、同じバスに乗っていたベトナム人の誘いで一緒にご飯を食べた。
店が数件しかない自然に囲まれた町だった。新しい建物はなく、店の中は調理場しかないようで、代わりに店外に机と椅子が無造作に並べられていた。
メニューも読めず何を注文するか迷っている私たちの代わりに、自分たちと同じものをと頼んでくれたのは、お粥のようなものだった(何が来るか分からずドキドキしていたが、美味しかったので良しとする!)。

街の中心地へいくと、何色ものライトで照らされた屋台が連なっていた

目的地であるシェムリアップに着いたころには、辺りは真っ暗になっていた。
小腹が空いたので周囲を散策していると、移動式の屋台を発見した。肉を串刺しにしたものが生のまま売られており、注文するとその場で焼いてくれた。明日も食べたいと思うほどの美味しさだったが、翌日その屋台を見つけることはできなかった。
そのまま街の中心部の方へ歩いていくと、次第に辺りが明るくなっていった。バスで来る途中に見た、街灯すらない真っ暗闇とは打って変わって、何色ものライトで照らされ、屋台が連なっていた。
「旅の思い出に」と書かれた看板を片手にサソリや蜘蛛、蛇の丸焼きを売っていたり(さすがに食べる勇気は出なかった)、トゥクトゥク(三輪車)のおじさんが流暢に何カ国語も操って客引きをしていたり、小学生か中学生くらいの子ども達は制服を着たまま、夜の22時を超えてもアイスクリームを3ドルで売っていた。こっちの店の方が安いからとたくさんの人が列をつくって並んでいたが、その全員が外国人だった。
「モウカエル?」と話しかけてきたトゥクトゥクのおじさんに、どうして日本語がそんなに上手なのか聞くと、「仕事をするのに必要だから、お客さんから少しずつ教えてもらった」と話してくれた。

クーラーの効いた部屋の中では知れない世界を見に、私はまた外に出る

私にとって旅とは、一生懸命に生きられる時間だと思う。知らない場所で、知らない人達の中で、自分が主張しなければ誰も気づいてくれない、不便とも言える環境の中でこそ、一生懸命に生きれるんじゃないかと思う。
食べることひとつにとっても、「コンビニで適当に」ができない環境で、写真がなければメニューが分からない状況で、この料理は美味しいか、辛くないか、パクチーは入っていないか、考えて慎重に選ぶ。一期一会の人と出会い、食べ物と出会い、明日もそこにある保証はないから、今に集中して楽しめるし、味わえる。
学校から帰ってきても働くことを強要されなかったこと、机に向かうことだけが勉強ではないこと、舗装した道路が当たり前じゃないことに気づけること。不便とも言える状況でこそ、今の自分と目の前にあるものに集中して生きられるのではないだろうか。
ジリジリと照りつける日差しの中、アンコール・ワットの天にも届きそうな階段を、汗を垂らして登ったからこそ、そのあと風を切るように走ったトゥクトゥクがあんなにも気持ち良かったのではないだろうか。
クーラーの効いた部屋の中では知ることのできない世界を見に、私はまた外に出る。
なんとなく過ぎる毎日から抜け出すために、一生懸命生きていることを実感するために、私はまた旅に出る。