大学生になった年の秋、午後の最後の授業が始まろうとしていた時、高校時代の友達から急にメッセージが届いた。
「今日の夜、空いてる?」
「知り合いの紹介でパーティーがあるんだけど一緒に行かない?」
私は、教室を飛び出し、大学の最寄り駅まで全力疾走した。

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あれは、数年前の秋。当時の私は、大学生活になじめず、家と大学の往復に疲れ、課題に忙殺され、想像していた「キャンパスライフ」の微塵も感じられなかった。
友達とおしゃれなカフェに行くこともなければ、心ときめく出会いがあるわけでもない。むしろ惨憺たる毎日だったといっても過言ではなかった。

高校3年生の時の私は、大学に入ったら、おしゃれをして、恋愛もして、行動範囲も高校より広くなって、アルバイトやサークルで友達を作って、毎日忙しいながらも楽しく、色々な人に囲まれながら生活をするものだと思っていた。
けれど、現実は違った。見事に反対だった。
メイクをする余裕はなく、服も決まりきったもの、恋愛は皆無で(というより、大学内での人間関係というもの自体ほとんどなかった)、大学の授業は朝から夜まであり、サークルはおろかアルバイトすらしていなかった。
大学生活を夢見て、受験勉強を頑張ったのに、大学生活は、高校より正直しんどかった。

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私は、電車に乗りながら、友達にメッセージを送る。
「どこに、何時集合?」
「六本木駅に19時集合」
「おっけい」
次々とやり取りをしながら、私は考えていた。こんな日が来るなんて、しかもこんな突然に。
家に帰ると、身支度をすませ、とびきりの服に着替える。大学生になったら着ようと思っていた服、けれど実際の大学生活では着られなかった服。アウターを羽織り、もちろんヒールのついた靴で。

電車に乗る。人でぎゅうぎゅうな下り電車を横目に、私は上り電車に乗り込む。こんな夕方に、おしゃれをして、上り電車にすわる自分がちょっとおかしくて、でも特別な感じがしてわくわくしていた。こんな風におしゃれをしたのも、大学に入って初めてのことだった。

そして、六本木駅に着き、地下から階段を上り、地上に出たときの感覚は、未だに忘れられない。少し肌寒い風が頬をなでる感触。薄手のアウターの下の、貼る用カイロのぼんやりしたぬくもり、そして目の前に広がるビル群。

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今まで、東京の大学に通っていたのに、感じたことがなかった夜の東京の空気。それだけで、身体がピリピリと震えた。
私が感じたかったのはこれだ、と思った。こういう風にちゃんとお化粧をして、かわいいお洋服を着て、誰かと遊びたかった。

秋の夜の張り詰めた凛とした空気を感じながら、マンションに向かって歩く。パーティーは、マンションの一室で行われるという。未知の世界(そんな大それた世界ではないけれど)に、人生で初めて足を踏み入れるという気持ちを胸に、エレベーターに乗り込む。そして、玄関の扉が開かれ、靴を脱ぎ、廊下を歩く。
靴下越しに、ひんやりとしたフローリングの質感を感じながら、リビングへとつながる扉を開く。

パーティの内容は省略するが、この一晩の思い出は、毎年秋になると必ず思い出す。
悪い思い出ではない。そこで出会った人たちともう連絡をとることはないけれど、間違いなくあの夜は、自分にとって必要だった。
吸い込む空気が、少し冷たく鋭くなってきたころ、私はあの夜と、あの時の私を思い出す。