私の大学生活はマスクで始まり、マスクで終わる。大学時代のほとんどをコロナ禍で過ごした人は私以外にも沢山いるだろう。
コロナ禍での学生生活は私の思い描いていたものとは全く異なっていた。サークルなどで人々と関係を持つこともほぼなく、学食を友人と一緒に食べることもなかった。そして対面で行っていた講義がオンライン越しになった。だが今となっては家の中でただ一人、画面に向かう孤独さも懐かしい気がする。

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「なぜ私は家の中で一人、オンラインで講義を受けているのだろう」と悩んだのも一度や二度ではない。
「友人に会いたい。一緒にご飯を食べたい。話したい。何処かへ行きたい」と思ったこともあった。その度に、この状況だから仕方がないと自分に言い聞かせることしかできなかった。
楽しい大学生活、学業とアルバイトの両立、サークル活動…私が望んでいたものが尽く崩れ去ってしまった。
ただ卒業間近になって対面講義が主流になり、友人と週一回学食を食べに行くことが私の唯一の救いになった。

友人と初めて学食に行くとき、心がドキドキしていたことを今でも覚えている。なぜならその時点では私は友人の顔を知らなかったから。
オンライン講義のときに仲良くなった友達だけれど、オンライン講義ではカメラはOFFで声しか聞こえない状態だった。声ならわかるけれど、あの子の素顔を私は見たことがない。あの子も私の顔を見たことがない。

このコロナ禍の時代だからこそ生まれた状況だろう。私達は「友人」でありながらお互いの顔を知らなかった。SNSでのコミュニケーションがこんな感じなのかなーと思いながら友人と学食を食べに向かった。

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学食を食券で買うことすら知らない私と友人。お互いにマスク越しで笑いながら行列に並ぶ。
「学食、コロナ禍で値上げしたんだって…うどんは100円も値段が上がったらしい…一旦上がっちゃったら値段戻らないんだろうなぁ…」
マスクをモゴモゴさせながら友人がいった言葉。顔は見ることができないけれど、声色はどこか悲しそうだった。私は値上げしたことなど知らなかったので「そうだね…」としか言えなかった。

アトラクションみたいな行列をすぎれば、私達は待ちに待った学食を食べることができる。その日のメニューは中華丼で、私にとっては初の学食デーとなった。友人は少し前に食べに来たことがあるようでその日は2回目だった。

「マスク外してる姿を見たことがないけど、どんな顔なんだろう…私の顔は見られたくないな…」と思いながらおそるおそるマスクを外す。
すると、満面の笑みを浮かべた友人が目の前にいた。いつもは目元しか見えていなかったが、マスクを外しても素敵な笑顔で「美味しそうだね!いただきます!」と言った。

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もぐもぐと口を動かす姿が小動物みたいでとても可愛らしい。マスクを外して話したのは初めてだったけれど、ニコニコ笑顔で明るい表情をしていた。
「私はマスクのせいでこの子のこんなに明るい笑顔を見ることができなかったのか…」と思うと少し悲しくなった。

もぐもぐニコニコ、もぐもぐニコニコ…
友人の笑顔を見るととても心が癒される。
でも友人の笑顔を見ると、今までマスク越しでしか見ることができなかった笑顔をマスク無しで直接見ることができる環境に早くなって欲しいと願う。

マスクによって私達は今までの日常を奪われてしまった。奪われた日常とは笑顔をいつも見ることができる日常だ。今まであったはずなのに遠い存在になってしまった。
現在、3月からマスクをするのは自己判断で、といった報道がされている。
友人の顔を直接、マスク無しで見ていたいと思う私の気持ちはもうすぐ達成されそうだ。