私は遠くに行く旅が大好きだった。飛行機や新幹線に乗って、好きなところを自由に巡っていた。
社会人になって人間関係の大変さや仕事への責任感など、今までにないストレスを感じるようになった。日頃の嫌なことや仕事を一切考えず、現実逃避の様な感覚で旅行をするのが楽しみだった。
しかし、今の世の中は旅をするということさえも窮屈になってきてしまった。なかなか自由に出かけられないことがストレスだった。そんな私は自分の旅行欲に限界を感じていた。

疲れがたまった休日。ふと春の日差しに誘われて…

春が近づくころ、仕事で他県への異動が決まった。
新しい場所への楽しみもあったが、不安や寂しさも感じた。
休日の荷造り中、あまりの荷物の多さに嫌気が差していた時、ふとベランダを見た。外は快晴で春の心地よい日差しが部屋に入ってくる。

あーあ、もう気分転換したい。

と思った。
思い立ったら即行動。何も考えずに携帯と財布だけを手に持ち、アウターを着て外に出た。
とにかく電車に乗ってどこかに行きたかった。最寄りの駅までの道のりで、さてどこに行こうと考えた。ふと朝のニュースでみた満開の桜を思い出した。
よし、桜を見に行こう。
ちょうど仙台でも見頃の時期だった。近場で思いついたところがあった。

ひとまず深呼吸。心が一気に軽くなるのを感じた

最寄りから地下鉄で行けるので電車に乗り込む。降りる駅は大町西公園。西公園は仙台駅から徒歩30分ほどで着く大きな公園だ。約200本の桜の木があり、花見スポットとしてお昼から夜まで大賑わいの場所である。夜は桜の木に提灯がぶら下がる。いくつもの屋台の看板が光り、花見の賑わいを盛り上げている。

大町西公園駅を出ると、目の前に大きな交差点が見えてくる。この駅に降りるのは初めてだった。周りを見渡すと高いビルがいくつかあり、街の中心地に近いのがわかる。見たことのない風景を目にするとどこかに旅行に来た気分になる。
交差点を渡ると大きな公園が見えてくる。櫻岡大神宮という神社があり、その横を通って歩いて行くと綺麗なピンク色が見えてきた。この時期に来たのは約10年ぶりだ。

公園の入り口に着いた時、満開の桜たちが出迎えてくれた。あまりの豪快な咲き方に思わず立ち止まってしまった。
ここでひとまず深呼吸。心地いい日差しを感じながら、春らしい草木の香りが全身に満ちていく。日頃の疲れや荷造りに苛立ちを感じていた心が、一気に軽くなる気がした。

この時にしか聞けなかった音、目にすることができなかった光景

少し公園を歩いてみる。ここ2年、花見が禁止されていたため人もまばらで静かだ。
桜の木の下に行くと、緑の草の上に小さなピンクの花びらがパラパラ風に乗って落ちていく。青い空に満開の桜、この時期にしか見れない美しい景色だ。
耳を澄ますと桜の葉がかさかさと擦れる音がまた心地いい。いつもなら、花見客の賑わいの音で掻き消されていただろう。

いま、この時にしか聞けなかった音。この場所にこんなにも綺麗な桜が沢山あることも実際に来なければ知らないままだった。またここに来たいと思った。
そのまま公園をぐるっと一周し桜を堪能した後、駅の方へ向かった。そのまま帰るのも勿体無いと思い、駅周辺を探索してみた。
小さな路地や大きなビル、コーヒーショップから香るコーヒーの香り。おしゃれなインテリアのお店から流れる音楽。目、耳、鼻、全身を使って歩いてみる。
全てが新鮮でいい気分転換になった。

なかなか遠出ができないこの世の中で、わたしは小さな旅をする事ができた。美しい景色も案外近くにあるものだ。
知らない場所へ行く、見たことのない景色を見る。心の余裕がなくなったとき、ちょっとした息抜きの方法。
散歩も小さな旅へと変えることができるのだ。