毎朝、綺麗にファンデーションを塗って、仕事へ行く。就職してから揃えたディオールの化粧品も、ずいぶん使い慣れてきた。
販売の仕事についてから、毎日新しい出来事の連続である。色んなことで失敗したり成功したり、怒られたり褒められたり。

初めのうちはそのいちいちに動揺して、先輩から「切り替え上手にできるようになりなさいよ」とアドバイスされていた。おかげでずいぶん上手になってきた。けれど何の武装もなく店頭に立ってお客様と対峙するのはとても心許なくて、どんどんと容姿が派手に変化している。

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販売員として店頭に立っていると、毎日色んなお客様に出会う。良くも悪くも。
素敵なお客様に出会った時は、自分の心も嬉しくなってしまう。けれど、そうでないお客様に出会うことも多い。というか、そうでないお客様の方が多い。心がすり減らされて、立っているのも辛くなるときも、稀にあったりする。

そんな日は、祖母からもらったアメジストのネックレスをこっそりと身につけて、仕事に向かう。心が折れそうになるとそれに触れて、自分が誰だったか確認する。ジュエリーには、そんなお守りのような、武装のような力がある。装飾品をつけると、自分が強くなったような気持ちになる。

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入社当時はシンプルにまとまっていた自分自身も、少しずつアップデートを重ねている。
シンプルでさりげなかったピアスも、今はエメラルドとダイヤの、祖母からもらった指輪をリメイクしたピアスが両耳に光っている。何もつけていなかった両手には、ジャスティン・デイビスの指輪が3本。腕には伯母のお古のカルティエのパシャ。髪型も、最初のうちはナチュラルな茶髪だったのが、赤のダブルカラーを経て、裾ブリーチのオールバックになった。

身につける制服も、どんどんと派手で見栄えの良いものに変わっている。ピアス、リング、時計、髪型、洋服……全身を鎧のように守り固めて、自分を奮い立たせる。
自分を守れるのは、自分しかいない。誰にも侮辱されない強い自分を、見た目から印象付けていきたい。

その成果あってか、ヤバそうなお客さんに捕まって、長く変な話を聞かされたり、セクハラもどきのことを言われたり、やたらと横柄な態度を取られたり、といった怖い目に会うことも減ってきている。いつも怯えて終わるのを待っていたけれど、見極めて回避するのも上手になってきた。
男性のお客さんが大半の店舗で、1人女子として働くのは大変なことの方が多いけれど、どんどんと強くなっていく自分が逞しく、時に男性よりも勇敢に立ち回れることを誇らしく思う。

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仕事が終わって、1人帰路に着く。足はパンパンに浮腫んで、全身からは汗の匂いがする。どれだけ寒い日でも、接客をすると汗ばむのだ。

家に着いて、一つずつ鎧を外していく。最後に化粧を落として、お風呂に入る。あまり綺麗なことではないけれど、もうこの後は誰も浸からない実家の湯船に、体を洗わないで飛び込む。気が済むまで湯船でゆっくりと浸かってから、ようやく体を洗うために上がると、湯船のお湯が少し濁っている。それを見るたびに、ああ、今日も1日、私は頑張ったんだなあ、としみじみ思う。
綺麗に洗い流された真っ白な私は、全身を鎧に纏った戦闘モードの私と、同じくらい美しいと思う。

人は見た目で大きく印象を左右される。ヨーロッパ生活を経て、日本では特にその傾向が強く思えた。ドイツやスイスでは、明らかにアジア人の小娘である私に対しても、レディーとして、一個人として対応された経験が印象的だった。だからこそ帰国したのち、改めて元の環境に戻った時にその差に違和感を覚えてしまったのだ。

そして私はこの先、この倫理観がまだまだ発展途上のこの国で、生きていかないといけない。いつの日か、私が鎧を身につけなくても快適に働くことのできる世の中になればいいけれど、先の長そうな話である。