自分の顔が好きだ。
ぱっちりとした二重のまぶた、長いまつ毛、大きな黒い瞳。滅多に荒れることのない肌、きゅっと上がる薄い唇。笑顔や真顔や渋い顔。素顔、化粧した顔。
私は26年間付き合ってきた、自分のこの顔が大好きだ。
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最初に断っておきたいが、私の顔は特別に可憐でも派手でもない。顔を褒めちぎられて育ったわけでも、異性からもてはやされた経験もない。
普通に育てられ、それなりに片思いや失恋もしてきた。容姿をからかわれたこともあるし、コンプレックスもある。
なにより、私は自分の顔が他人よりも美しいと感じたことはないように思う。
モデルや俳優、タレントはもちろん、周りの友だちや会社の人と比べてみたら、自分より綺麗な人なんて星の数ほどいるだろう。
でも、誰かの顔になりたいとか、このパーツを取り替えたいとか思ったことはない。
私は自分の顔が「人より美しい」から好きなのではなく、「好き」だから好きなのだ。
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「実は、整形したんです」
そんな私が会社の後輩の女の子に打ち明けられたのは、社会人3年目のころだった。
一瞬なにを言われたか分からなかった私は咄嗟に「そうなんだね、分からなかった」と答えたが、実際のところ頭が真っ白になっていた。
「ずっとコンプレックスだったので、手術を受けたんです。コロナ禍で在宅だしずっとマスクをしているので踏み切ったのですが、思ったより腫れが引かなくて……先輩は鋭いので、気づいていながら言わないでいてくれているなと思っていました」
まったく鋭くない私は当然気づいていなかった。
その場では可能な限り当たり障りのない会話をしたが、あまりのショックにその後も呆然とそのことを考えていた。
彼女は後輩とはいえ部署が違い、特に親しいわけでもなく、恐らく特別慕われているわけでもなかった。
ひとりの後輩として接し、仕事外の話もしたことはほぼなく過ごしていた。マスクの下の素顔も知らなかった。
なぜショックを受けたのだろう。
なにがそんなにショックだったのだろう。
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知らないうちに顔が変わったから?
顔が変わったことに気づかなかったから?
私が気づいていると誤解されるような素振りをしてしまったから?
その素振りで彼女を怖がらせたかもしれないから?
きっと色んな理由はあったし、固定観念や抵抗感もあった。
それでも、整形することに対して、やるべきではないとか将来どうなるとか、そういった気持ちはまったくない。
私は、彼女が整形を選んだことがただ悲しかったのだ。
その決断に至るまでの経緯に何があったんだろう。
自分の顔が好きでないということは、ずっと辛かったのだろうか。
整形をして自分の容姿を好きになれたのだろうか。
たとえ本当は深刻な理由でなかったとしても、部外者が邪推するものではないと分かっていても、考えずにはいられなかった。
私は彼女に、傷つけるようなことは言っていなかったか。
打ち明けてくれたときの私の反応は、正しかったのか。
転職して彼女とは疎遠になってしまったので、答え合わせはできていない。
自分の好きなことを選び、自分を好きでいてほしい。
無用なお節介だが、そう願うことしかできることはない。
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私は自分の顔が好きだ。
自分の顔が好きな人の存在は、自分の顔が好きではない人を傷つけるかもしれない。
そして、整形を選ぶことが悲しいというこの感情は、もっと自分を好きになりたいと整形を選ぶ人への暴力になるかもしれない。
そう思うと、なにかを言うのがとても怖くなる。
容姿への言及や比較がなくなってほしい。美しさ細さが全てという価値観を皆で変えたい。すべての人が自分の容姿を、好きではなくともせめて嫌いではなくなってほしい。
私にできることはなんだろう。
マスク着用が個人の判断に委ねられたいま、改めて考えている。