少女漫画みたいな恋がしたいと、この歳になっても思っていたら、笑われてしまうだろうか。
私の将来の夢は、幸せなお嫁さんになること。令和のこの時代にはそぐわない考え方かもしれないが、それもまた一つの多様性としてみてほしい。
幼いころから夢見がちな少女だった私は、いつか白馬の王子様が迎えに来てくれると、本気で思っていた。実は今でも少し思っている。
周りの友達が結婚をし始めて、出産を経て、子育てをしているような年齢の中、それに伴う愚痴もSNSで見かけてしまうところではあるのだが、それでも私は、幸せな結婚を夢見ずにはいられない。
1Kの小さな部屋から、将来の幸せな家庭を夢見る。休日は子どもと公園に行ったり、買い物に行ったりなんかして、自分の時間が家族の時間に変わっていく、そんな幸せを夢見る。
あまりにも夢を見すぎだろうか。でも、今の自分には、結婚がすごくすごく遠いものに思えて、夢を見ずにはいられない。
◎ ◎
あえて現実を見るのならば、仕事も、私生活も、現段階ではうまく回っているとはいいがたい。でも、そんな中だって、素敵な恋がしたい。素敵な男性と、ふとした瞬間に出会って、ビビッとくる、運命の出会いがしたい。
そんな出会いはそうそうないと、冷静に考えてしまう自分が居ないと言ったら嘘になるが、とにかく私は、運命の相手とドキドキするような大恋愛をして、幸せな結婚がしたい。
ただ一方で、一人で生きていく方が楽なのではないかと思ってしまう自分もいる。
自分で稼いだお金を自分の好きなように使い、休日は自分の趣味である読書や散歩で消費する。そして、仕事も将来的には、自分の強みを活かすことができるような仕事をしてみたいとも思っている。
そういった、一人の未来を考えれば考えるほど、結婚が遠ざかっていく。
自分の強みを活かした仕事をするのであれば、転職が必要になり、転職するとなれば、その準備の時間、新しい職場に慣れるための時間、たくさんの自分のための時間が必要になってくる。
そんな中、私の理想の恋愛ができるとは到底思えない。どちらかをとるしかないのだろうかという葛藤に度々心が沈む。両立ができない自分の不器用さを恨む。世の中の女性たちは本当に強いなと思う。
◎ ◎
私の母もまた、強い女性だと思う。結婚し、3人の子どもを育てながら、自分も働き、自己実現を果たしていた。身近にそんな母の存在があるからこそ、その自己実現を果たすことの大変さを幼いながらに見て、少しでも知っているからこそ、私は葛藤を抱いてしまうのかもしれない。なぜそんなに器用な生き方ができたのか母に問うても、母はいつも「なんでだろうねぇ」と快活に笑うだけである。
私ももう少し大人になって、少女漫画を読まなくなって、仕事もある程度で満足できるようになって、現実をちゃんと見ることができるようになって……。数々の諦めを経験したのちには、母のように笑えるようになるのだろうか。
◎ ◎
未来の私のなりたい姿は、結局は、母のような強い女性なのかもしれない。身近でずっと感じていた母の強さ、両親が作り上げてくれた幸せな家庭を私も実現したいのかもしれない。できるのだろうか。
まずは、少女漫画みたいな恋愛がしたいところからあきらめてみようかな。でもそれだけは、まだ少し、あと少しだけ、あきらめたくない気もしている。
きっと時間の流れは私が思うよりゆっくり進むはずだから、私ももう少しゆっくり進ませてもらおうと思う。ゆっくりと幸せに向かっていると信じて、今はただ、できることをしていこうと、そう思っている。