誰かのことを考えながらご飯を作るって、面倒だと思った。
私の彼氏はそこそこ好き嫌いが多い。ツンデレな性格も相まって、何が好きで何が嫌いなのか、よっぽどでない限りは聞いても嫌いじゃないという答えしか返ってこないので、スーパーに行っても何を選べばいいか非常に困る。

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仕方がないので、特売か旬のもので、彼が嫌いじゃないものを選ぶ。新じゃがと新玉葱で、男子が彼女に作ってほしい料理王道の肉じゃがをつくることに決めた。
副菜は緑がいいな。そうだオクラにしよう。彼の数少ない好きな野菜の一つだ。あとは白ネギとわかめのお味噌汁。
食器はどうしよう。一人暮らしだからそもそも必要最低限のものしかない。自分一人なら大きめのお皿にご飯とおかずを適当によそって、みそ汁だけ別のお椀に入れたらいい。なんなら一人なら色どりなんて気にしないから、オクラの副菜は作ってないかもしれない。

栄養バランスや色どりを考えて、多少割高の食材も買い、お皿に上品に盛り付ける。
目の前の彼は、最初に美味しいと言ったら、義務を果たしたようにあとは何も考えてなさそうな顔で静かにそれらを食べる。

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彼が無愛想なわけでも、私の料理が特別不味いわけでも美味しいわけでもない。全てが普通。その普通にこれだけの時間と労力を割く必要がはたしてあるのか。
経済的でも合理的でもない。もし毎日のことになるなら、なおのこと面倒臭い。
でも、たまになら悪くはない。嫌なら適当にワンプレートで出せばいいのに、それをしないくらいには私はこの手間が気に入っている。

一人でも寂しくはないし、退屈もしない。家事も一通りできるし、自分の生活費を稼ぐくらいの仕事ならできるから不便もない。
でも、彼が帰ったあと、食べ終わった2人分の食器を、耳鳴りがするような静かな部屋で洗う。その時は少しだけ、どこかを風が吹き抜けているような感じがする。
翌日、色どりの良い残り物のおかずを無造作に器によそって食べる。出来立てのものを食べてほしくて、いつもなら日をずらして作るおかずを一度に作ってしまったから、なくなるまで同じものを食べ続けなければならない。
誰かに一緒にいてほしいと普段思うことはないのに、誰かがいた痕跡はこんなに悲しいのかと思う。

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1人分作るのも、2人分作るのも、料理の手間はさほど変わらない。むしろ1人分丁度の方が作りにくいくらいだ。
でも、考えることは2倍以上。たった一食のことを何日も前から考えて準備をしている。そしてその後はほっかりと穴が開く。

彼と私の2人分のご飯を作るのは大変で面倒で、悲しいことだらけ。
それでも私がキッチンに立ち続けるのは、彼に私の料理を食べてほしいから。ドキドキするような恋ではないけれど、私の大切な人だから。
一緒に暮らしていたらきっとここまでできないことだから。これから彼とどうなるかなんて分からない。でも悲しいことが分かっていても、この面倒くささもが微笑ましく初々しい一食一食を大切にしたいと、私はキッチンに立ち続ける。