11月下旬、私は買ったばかりのカシミアのロングコートに、普段履かないハイヒールにイヤリングをつけて必要以上に髪も巻いて、某女優と同じ香水を纏い、飯田橋駅に降りた。
私はこれから「好きで仕方なかった人」に会う。

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もうじき30歳になる。
30という年齢がそうさせたわけではないが、最近流行りの「自分を大切にすること」を実践してみることにした。

自分を大切にしてくれない人を、切ること。

ここ1年間私の生活を変えてしまうほどに大好きだった男性がいた。
彼は私が出会ってきたどんな男性より私を楽しませてくれたし、見た目も中身も魅力的だった。
私の話を真摯に聞き、アドバイスをくれ、褒めてくれた。
育ちのよさが滲み出る、自由で人が好い、嫌味のない感じの男性で私はあっという間に夢中になっていた。

ただ、彼は私の恋人ではなかった。
何回デートしても、何回セックスしても、何回旅行に行っても、私は彼の恋人にはなれなかった。
その場の居心地の良さで延長を繰り返した生ぬるい関係が、徐々に苦しくもなっていた。なのに抜け出せなかった。目の前にすると本気で愛してくれてるような錯覚にいつもなるからだ。

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このままでいいのだろうか。この関係が私にもたらすものはあるのか。
そう考えたのは彼と出会って1年が近づこうとしてる9月下旬、ちょうどかがみよかがみに彼との関係のエッセイを投稿した時期だ。
自分の書いたエッセイを読み返した時に決心がついた。
ありのまま吐き出した文章を客観的に読んだ時、我に帰った自分がいた。「もう、終わりにしよう」と。

いつものように2人で会った時に意を決して、「もう私たち会うのやめにしない？」と言った。
あぁ、言っちゃったと思いつつ、同時にどこかで彼がまだ一緒にいようと言ってくれるはずだとも心のどこかで思っていた。
だが、彼はあっさり、
「そっか、わかったよ」
と言ったのだ！
認めたくないほどの醜い感情が私の口から溢れ出た。

私はあなたの何だったの、20代最後の時間奪ったの、思わせぶり、将来もないのに、その誠実っぽい感じでまるで本気みたいにさ、私もバカだったけど……このクズ！！

文章にすると明らかに成り立っていない言葉が止まらなかった。

なんであっさり、認めやがって、あぁどうでも良かったんだ。そうだよな、認めたくなかったけど私、セフレだもんな。
旅行も、誕生日のお祝いも全部、ただのごっこ遊びだった。理解のある女を演じていたつもりが、ただの都合のいい女になっていた。なのに、どこかで何かを期待していた自分に呆れた。でも何故かそれと同時に楽しく笑い合った時間が逆流してきた。
どんだけ無駄と思われる時間だったとしても、あのときは心底楽しく笑って満ちていた。それだけは事実だった。だからこそ、悔しかった。

彼は私をあっさり手放し、はっきりと「急に居なくなっても問題ない存在」と突きつけた。
そして彼は罵倒し続ける私に何も言わず相槌を打った。そしてごめんねと謝った。荒れる私にも優しく、それが何よりも冷たく感じた。そして最後まで「良い奴ぶって」私の前から去った。

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それから約2ヶ月後。
落ち込み切って、私の諦めがついたとき、お互いの荷物を交換するために会った。
冒頭の飯田橋駅だ。
私たちはよく飯田橋で会った。2人のお気に入りの店もいくつかあった。

「久しぶり」と前と変わらぬ様子で言う彼は、私とは対照的に近所のコンビニでも行くような服だった。
「そのコート、かわいいね」
好きだった時と何も変わらず私を褒める彼。見返したいわけじゃなかったけど、やたらと着飾ってきた自分がいた。でももう騙されないぞと思い、早速荷物を入れた紙袋を差し出すと、まさか、彼は私の荷物を忘れてきたのだ。

「はあー！？じゃあ何のために今日来たの？」
「いや、本当にわざととかじゃなくて、玄関までは置いてたんだけど、忘れてしまった……」
彼は、私にまた会いたいがためにわざと忘れたのか……？そんな余計な雑念が湧いたが、たまに本当にそういう抜けたことをする人だったことを思い直した。

「ほんっとごめん、今度ちゃんと返すから」
そのまま立ち話をして、あまりにもお互いが前と変わらない態度で接するから少しおかしくなって、少しだけ飲みにでも行く？と店に入った。

本当に何も変わらず、詐欺師のようにまた良い奴を演じる彼を目の前にし、もう吹っ切れた私は「本当に好きだったけど、彼女にしてくれなかったね」と言った。
申し訳なさそうな顔で見る彼は、あの時と変わらず掴めない。最後まで変わらず、私のものなんかにはならなかった。
そういうところが好きだったのかもしれない、しょうもない自分の性癖に気付かされたりもした。

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きっともうこんな恋愛はしないだろう。
改札前で名残惜しくまた立ち話をしてたら、なんだかまた元に戻ってしまいそうな気もした。
「荷物、郵送してくれない？もう会いたくないからさ」
心のどこかでまた会いたいと思ってしまっていたから、思い切って言った。もう元には戻れない。
2人で始めたはずだったのにハマりきったのは私だけで、断ち切るのは私から。彼はただいつも私に愛情っぽいものを向けてきて自由に選ばせていた。そして選んだ責任を私に向けて、つらいのも私だけだったんだ。だからもう戻らない。

私は絶対に私を大切にしてくれる人と幸せになる。
痛い勉強料は20代最後の1年を費やしてしまったが、必要な時間だったのかもしれない。

いや、そう思わないと割りに合わないだけか。