初めて一人でお菓子を作ったのは中学年の春。隣のクラスの押しの強い女の子にせがまれてガトーショコラを作ったのだった。

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それまでも料理やお菓子作りは好きだったが、オーブンが危ないからと、いつも母と一緒だった。それだって楽しかったが、母に言われたことをなぞるだけの作業員ではなく、一人で考えて自由に作りたいという気持ちも大きかった。
渋い顔をする母に後ろめたさとよくわからない不安を抱えて、でも約束したからという大義名分に背中を押されて、私はガトーショコラ作りを決心したのだった。

レシピはネットで調べた。小学生の頃はネットなんて使わなかったから、クリックするだけでレシピが出てくることに不思議な感じがした。
初めてもらうお小遣いでチョコを買った。自分に与えられた分のお金で食品を買うのも初めてだった。
土曜日の6時。遠足の日よりもずっと気分は高揚して、頭の中で何度もシミュレーションをした。今すぐにでも作りたかった。でも母か祖母が見ているときにという条件付だったので、テレビを見たり、本を読んだり、二度寝しようとしたりしながら、なんとか時間を潰した。

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やっと母が起きた。
メレンゲを立てた。メレンゲがこんなにふわふわと雪のように可愛らしいものだとは知らなかった。そのくせ立てるのに時間と労力がこんなにもかかるなんて。チョコを溶かすときは水が一滴でも入ってはいけないらしい。細心の注意を払う。でもボウルから立ち上るこの湯気はどうしたらいいんだろう。ドキドキしながらゆっくりチョコを混ぜた。
さながらあの絵本の「白くまのホットケーキ」のようだった。ただ一つ違うのは、ボウルを押さえる友達も、手伝う母もいないことだ。
私は今一人でガトーショコラを作っている。それは言い表せないほど誇らしく楽しいものだった。

いよいよ生地をオーブンに入れる。温度が下がってしまうから、扉を開ける時間は最小限に、でも火傷しないよう慎重に。いざ、と扉を開けるとむわっと熱が広がる。急いで生地を入れて戸を閉める。
40分。焼き上がるまでの時間、私はひたすらオーブンの前で待ち続けた。
少しずつ膨らんでいく生地。どこまで膨らむのか、急にしぼんでしまいはしないか、ずっとドキドキしていた。次第に甘く焼けたチョコレートの香りがしてきた。生地も茶色いから焦げているのかいないのか、あらゆる角度から覗き見ようとしたけれど、結局分からなかった。

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表示がゼロになる。
ミトンをはめ、再び扉を開ける。先程よりもさらに暑い熱気が押し寄せる。そこには美味しそうな匂いが。ゆっくりと重い鉄板ごとケーキを取り出す。
初めて目の前にする焼き立てのケーキ。ふんわりとして、綺麗な茶色で初めてとは思えないほどの成功だった。

ラッピングして次の日学校で女の子に渡した。家族にも食べてもらった。みんな美味しいと言ってくれて、学校では私がお菓子作りが上手だという噂が流れた。
お世辞もあったかもしれない。でも、あの時の甘く楽しかった経験がなければ、私はこうしてお菓子を作り続けることもなかった。
何度メレンゲを立てても、オーブンを開けても思い出されるのはあの時の光景だ。あのガトーショコラはまさしく私にとって原点にして頂点である。