「俺の彼女にしてあげられなくてごめんね」
最後にもう一度会いたいという彼に、喫茶店でそう謝られた。
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昨年5月、新卒で入って3年目の職場を休職した。
幼い頃から、実父による虐待を受けていたこともあり、就職とともに家を出た。
もちろん、休職していることは両親に報告していない。
一人でいることは昔から好きだったけれど、何ヶ月もベッドの上に独りでいると、生きている意味がわからなくなり、虚しくなった。
休職から3ヶ月経った8月、休職直後よりも活気が出てきた一方で、社会に貢献していない私に何の価値があるのかわからなくなった。
私にとって、本名も年齢も住んでいるところも知らない男とセックスすることは、自傷行為の一つだった。
だからその日も名前も知らない彼の車に乗って、ホテルに行った。
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20歳の冬、処女を捨てたくて、SNSで知り合った男と関係を持った。
私にとって処女は大切ではなかったし、初対面の男と関係を持つことに抵抗はなかった。
処女を捨てた後も、死にたくなる度に男と関係を持って、ヤっている時だけは自分の存在価値がある気がして心が満たされた。
アプリで会う男とは一回寝たら終わり。女はヤったら好きになるなんてそんなの都市伝説。
でも、その夜出会った、30歳の彼は違った。
聞いてもないのに本名と職業、昨年末に離婚したことを報告された。
ヤっている時も逐一痛くないか確認してくるような、優しい男だった。
ホテルを出る頃には終電も過ぎていて、彼の車で家まで送ってもらった。
車で送ってもらう間に、虐待のこと、自傷行為のことをぽろぽろと彼に話しているうちに、涙が止まらなくなった。
とっくに私の家の前についているのに、彼からしたらどうでもいい女の、どうでもいい話を、明日も仕事なのに、今から帰ったら3時近くになることは彼もわかっていたのに、それでも私が泣き止むまで、私の手を優しく握ったままそばにいてくれた。
その優しさに惹かれて、出会ったその日に彼を好きになっていた。
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ヤったら女は好きになるのは都市伝説なんかじゃなくて、私そのものだ。
それからは、毎日おはようおやすみのライン、毎週デートをして、友だち以上恋人未満の時間を過ごした。
私は会う度に愛の言葉を囁いたが、彼は毎回上手くかわすだけで、同じ言葉を私にかけてくれることはなかった。
それでも私が不安定な時、真夜中でも会いにきてくれて、電話をかけてくれた。
優しいのは私を好きだから、私と会ってくれるのは私が好きだから、私は自分にそう言い聞かせていた。
彼と出会って半年経った2月、私からもう会わないと連絡した。
煮え切らない彼と、結婚適齢期と言われる25歳を一緒に過ごしても何も変わらない気がした。
半年間、幾度となく彼に告白してもグレーで居続ける彼は、今後も私のことを好きになることはないと女の勘が言っているし、本当に好きならとっくに「彼女になってくれ」と彼から言われていると、男友達に現実を突きつけられて目が醒めた。
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私は今でも彼のことが大好きだし、既成事実を得る為に生でセックスをしていた馬鹿な女だ。
私がまだ20代前半だったら、好きだけで盲目的な片思いを1年でも2年でもできたかもしれない。
25歳になって、友人から結婚や出産の報告が増えた。
恋愛は焦ってするものでないことはわかっているし、このままお一人様を謳歌するのも悪くないと思う。
それでも女の生殖本能が勝手に働いて、今の一分一秒を無駄にしたくないと思ってしまう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、もう一生行くことはないだろう喫茶店で味のしないコーヒーを啜った。
打算的な恋愛しかできなくなったのは、大人になり過ぎてしまったのかもしれない。