新卒で入った会社を2年半で辞めるまで、離婚するまで、誰にも文句は言わせない、という気持ちで生きてきた。
ここまで頑張ったんだからもういいでしょ、ここまでやったんだからもう許してよ、だから私にはもう何もリクエストしないで。そういう気持ちがいつも私の中にはあった。
今思うと何て他人任せで責任感の無いやつなんだ、と自分のことを責めたくなるが、当時の自分の気持ちは上記のようだったなあ、と思い返すと懐かしい。

大人になって、だいぶ他人にリクエストを受けることも減ったし、交わすスキルも身についた自負があるが、今でもたまに、「あなたはおかしい」みたいなことを言われると本当に真に受けてしまって、「私っておかしいんだろうか」「改めたほうがいいんだろうか」と、足元がぐらつく時がある。
そんな時に、私は決まってある友人のことを思い出す。

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その友人とは、女子校に通っていた高校時代に出会った。
ユニークで自分の意見がはっきりあって、でも皆と仲良くうまくやれるような子で、皆がこぞってガラケーを持っていた時代にiPhoneを持ち、流行りの音楽を聞かず自分の好きなものを徹底して集めていたような子だった。
私はすぐに彼女が大好きになって、必死にアプローチして友達になった。
帰国子女だった彼女はしょっちゅうヨーロッパに帰りたい、でも親の配属先が日本になってしまったから、もうヨーロッパに戻れないことは分かってる、と言っていた。
それから彼女とは別々の大学に進学し、私は就職、彼女は大学院に進学した。
SNSに心から感謝したいのだが、私達は会うことが無くなってもSNSで繋がり続け、彼女の存在が私を支えて続けてくれた。
私が社会に適応しなさい、役に立つ存在でありなさい、と社会に揉まれている間、SNSの向こうで彼女は自分の望みを叶えるために戦っていた。
文系だった彼女は理系の学部に転部し、さらに研究を深めるために大学院にまで進学していた。
私が社会人として必死になって働いている中、彼女の両親も、彼女に就職を何度も強く勧めたそうだが、バイトでなんとか食いつないで生きている、とツイートしていた。
「親からも強く言われながら、周りに流されず、やりたいことをやり通せるってすごいなあ」

私はひどく感心しつつ、どこか彼女の行き方を違う世界のことのように感じていた。

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そして数年後、私は結婚に挫折し、完全なる人生のどん底にいた。
そんな時、Twitterで「ケンブリッジ大学」というワードが目に入った。
彼女はケンブリッジ大学に入学する、という形でヨーロッパへとうとう帰ったのだ。
幸せそうに、現地での生活を楽しむツイートが流れてきた。
思わず涙が出た。
私が会社がどうのとか、年収がどうのとか、結婚がどうのとか、そんなことをしているうちに、あいつ、夢を叶えた、と。
嗚咽が漏れた。
言い訳をせず、ただひたすらに夢に向かって努力した彼女がTwitterのアプリの中で、同僚と笑って写真に写っていた。

別に仕事を頑張ったり婚活に邁進することが悪いと言っているんじゃない。
私にとっては、お金を稼ぐことや、結婚することが夢でもなんでもなかったくせに、「これが正しい道だから」という謎の思い込みのためだけに、自分の夢をいくつも諦めて翼を自らいくつも折って生きてきた、その生き様がただ恥ずかしくなったのだ。

今でも、自分の望みが分からなくなることがある。
そんな時に彼女のことを思い出す。そして思う。
夢を叶える唯一の方法は、叶えるまで努力を続けることだ、と。