3年前だろうか、最後に祖母が台所に立って料理をする背中を見たのは。
もう祖母が亡くなって2年経とうとするのに。
触れられない・届かない「存在」になってしまって、「やっぱり彼女に触れることはもう出来ないんだ」。と恋しくなり、「彼女の温かい手も握れないんだ…」と今でも昨日のことのように胸が苦しくなる。

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私が大好きな祖母の手料理は、パリパリの羽付き餃子、牛肉・豚肉のごろごろカレー、甘しょっぱいお稲荷さん、大根のお味噌汁、里芋の甘露煮、特大おはぎ、おせち料理の芋りんご、ヨーグルトのアイスクリーム。
料理上手な祖母はテレビで新しいレシピを見つけては、積極的に色々な料理にも挑戦していた。

使用する食材も産地や仕入れ先にこだわり、旬の食材も取り入れるなど、わざわざ近所のスーパーを通り越してまでちょっと遠くの良いデパートまで買い物に通っていた。
そんな祖母が亡くなる1年前くらいから、彼女の体調は優れず1日中ベットの上で過ごす時間がほとんどになった。

祖母は大好きな料理も自分で作れないため、祖父にリクエストしては「美味しくない。」と文句をつけることも増えた。
私が仕事の休みの日に遊びに行くと、気分が向けば何か作って振舞うこともあった。
「美味しい!」と褒めてくれる時もあれば、「ばあちゃんの方が美味いね、まだまだだね。」なんて辛口のコメントをする時も。

出来る限りは、遊びに行った時にお手伝いしたい!という気持ちでいっぱいだった。

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それでも、祖母が亡くなる約1週間前、「カレーが食べたい!作ってくれない?」なんて祖母からのリクエストに、「材料買ってこないといけないから、来週来た時作るね!」なんて無責任な一言で済ませてしまったことにとても後悔したのだ。というのも、その「来週」が、祖母が急に亡くなってしまい永遠にやってこなかったからだ。

「なんであの日、祖母にカレーを作らなかったのか」。
戻りたくても戻せない過去に、一生後悔した日になったのだ。

「祖母は自分の体調が悪いのを感じて、あの日、私に最期のリクエストをしてくれたのかもしれない…」。

彼女のことを考えれば考えるほど、申し訳ない気持ちと、まだどこかで私が作るカレーを待ってくれているような気がして。
その頃から、私にとって得意料理の「カレー」は簡単に気軽に作れる料理ではなくなってしまったのだ。
それと同時に、「カレー」は私の大切な人に食べて欲しいという気持ちも大きくなったのだ。

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アメリカ人の旦那に私の作る好きな料理は?と聞くと「カレー」と返ってくる。
そして、旦那の両親も「Nattoの作るカレーが食べたい!」と、彼の実家に帰る度に喜んでリクエストしてくれる。

祖母が居なくなっても「受け継がれる味」、祖母が台所に立つ「元気な姿」を思い浮かべては、「このカレーが祖母に届きますように…」と祈りながら、私の大切な人たちのために完成させるのだ。