オフィスで仕事をしていると、必ず話しかけてくる人が2人いる。仕事は順調か、お昼はまたお弁当作ってきたのか、花粉は大丈夫か。他愛もないことをつらつらと話しては私の仕事を妨げる。やるときはやる、けじめをつけて集中したい私はそれをあまり快くは思っていなかった。
それに、関西人だからか、ボケとツッコミを繰り出すので私はどう反応していいか分からず、正直その人と話すのは苦手だった。だからただ笑っていた。笑ってさえいれば感じの悪い人には見えない。ノリは悪いと思われても、穏便にやり過ごせるならそれでよかった。
でも、ある日その2人が偶然同じ時間にオフィスに現れた。私しかまだ出勤していなかったのも災いした。3人だけのオフィスで2人はペラペラと私の仕事の手を止めさせる。
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「なつめはもうちょっと隙を見せた方がいいよ」
「せやな、感情をもっと出して」
「今までで一番やらかしたことは何?」
「タスク1つ終わるごとに『やったー』っていったらええんちゃう?」
会話が成り立ってるのかいないのか、2人はそれぞれ矢継ぎ早にそれぞれが思ったことを口にした。
隙って何?入社1ヶ月目なのに部署で成績1番になって、経験も自信もないまま他人からの尊敬と信頼の眼差しだけが一人歩きすることに押しつぶされそうになっているこの状況で、一体どんな隙を見せろというのか。
少しでも自信が持てるよう頑張らないといけないのに。この成績を死守しないといけないのに。それとも今更私は仕事できませんアピールをすればいいのか。仕事終わりに先輩に甘えてご飯連れていってくださいよとでも言えばいいのか。違うだろう。
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感情出せってどういうこと?十分出しているじゃないか。こんなに笑ってる。それ以外の感情なんてない。理不尽な仕事もあれば、無愛想でぶっきらぼうな顧客もいる。でもそれ一つひとつに腹を立てていたらきりがない。自分の心がすり減って無駄な体力と精神力を使うだけ。だから私は他人に興味なんて持ちたくない。最初から諦めてとことんハードルを下げる。そうすればどんな顧客でも電話に出てくれただけで十分だと思える。
見ず知らずの私に15分も時間をくれるなんて、なんて私は恵まれているんだろうと思える。どんな無理難題だって仕事ってこういうものだ、難しい仕事を任されるのは期待されている証拠だと思える。
反対に仕事が上手くいくことも上司から評価されることもある。でもそれに浮かれていたら油断して次に大きな失敗をしてしまうかもしれない。そんなことにでもなれば、できると思っていたのにと言われ、周りの期待を裏切ってしまう。
いづれにせよ、起こったことにいちいち一喜一憂していたら私の心は持たないのだ。
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だから私はあなた達の名前も知らないんだ。一番初めに言われた気がするけど、私は無意識に覚える努力をしなかった。自分の仕事を遂行する上で関わりのない人だから。
でもこんなのが褒められたことじゃないのも分かっている。けど、どうしようもないのだ。いつかもっと誰かを信用して、頼っていけるようになりたいとは思う。でも今は自分の心を守るには間違ったこの方法に縋るしかないのだ。
2人がこんな愛想のない私も気にかけてくれる優しい人だということはわかっている。だからもう少しだけ、あなた達の名前を知る勇気を持てるようになるまで、待ってくれませんか。