大学を卒業してもう随分の時が経っている。いわゆる「人間関係リセット型」の私は、卒業してから数か月後には大学関係者の連絡先を消した。なんなら、メッセージアプリごと消して、すべてをリセットした。SNSもやめた。それくらい、すっきりしたかったのだ。
ただ、唯一心の残りのようなものがある。年に数回、思い出す人がいる。その子との繋がりを消してしまったことだけをたまに悔やむのだ。

◎          ◎

その子は、少し大人っぽい女の子だった。けれど、笑顔はとても愛らしくて、友達思いで、やさしい子だった。ただ、彼女はしっかりと自分自身というものを持っているように思えた。それが、適切な方法かまではわからないが、私にはそれがかっこいいと見えた。そして、彼女がぶれないからこそ、安心して自分のことを話すことができていた。

私も文章が好きだが、彼女も文章を書くことが好きだった。
誕生日にくれた小説や、放課後に大学内で一番大きな講堂でわざわざ端っこに座りながら話す創作のことがたまらなく好きだった。きっと彼女が紡ぐ言葉が好きだったのだと思う。

ある日、彼女が私に手紙をくれた。
なんでもない手紙だった。その最後には、俳句が書いてあった。夏の季語が入っていたのを覚えている。だから私もそれに返事をした。もちろん、返歌として下の句を付け加えるようにして。それから少しの間だけ、覚えたての言葉で遊ぶ子どものように歌を詠み合った。正しいものかどうかはわからないけれど、楽しかったのは事実だ。彼女がどう思っていたかまでは聞けなかったけれど、きっと同じ気持ちだったのではと信じている。

◎          ◎

正直にいうと、彼女には当時のパートナーにも言えないような話もしていた。
彼女からもそんな話を受けたことがある。二人きりになる機会があるときまって数時間話をしていた。

だけど、私たちは特別な友人というわけでもない。
友人のグループでいうと大きく分けたら同じところにいるように見えるが、細分化すると実際は違う。傍から見たら、あまりしゃべることのない同級生。偶然ゼミが一緒になったときに、同じゼミ生として過ごした期間はあったが、だからって私たちの関係が大きく変わることはなかった。

学校外で会ったのは、一度だけ。
2人きりで話すのも、印象的ではあったが特別多いわけではなかった。だけど、それでも私は彼女のことを今更何度も思い出す。そして、心から会いたいと思ってしまう。
会って何を話すのかはわからない。もう随分と会ってないから、互いに覚えている私たちではなくなっているかもしれない。あのときのような安心感がある保証もない。短歌を交換するような雅な遊びもしないだろう。

◎          ◎

でも、会いたい。
ねぇ、これって、どういう感情なのだろう。
私の気持ちって何て名前?

恋人としてみているわけではない。恋をしているわけではない。でも、思っている。思い出を大切にしたいし、もう何年も思い出しては会いたいと繰り返している。けど、会えない。
そのことに納得はしているのだけど、人間関係リセット型の私が、こんなにも人のことを、なんなら過去の人を思うって、どういう名前をつければいいのだろうか。

だれか、私の感情に名前をつけてくれませんか。