男女の友情は成立するか。問われたら、私は迷わず「はい」と答える。

彼とは、気付けば15年来の付き合いになる。お互い恋人がいない期間が何度もあったにもかかわらず、恋愛には発展せず、結婚した今も友達以上恋人未満の親密な関係を維持している。

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出会いは、高校に進学して早々。クラスは違ったが、女友達を介して知り合った。

顔立ちが整っていて、長身、筋肉質と体型もいい。モテそう、というのが第一印象だった。穏やかだが、芯が強い。おまけに歌がうまく、友達数人でカラオケに行くと、流行りから定番の曲まで、安定した声で聴かせた。
男性として魅力を感じていたが、彼は、私が最も仲の良い友達に好意を抱いていた。親しくなったのは、恋愛相談に乗っていたからでもある。そもそも、自分には釣り合う相手ではない。最初から意識していなかった。

数多くいる友達の一人でしかなかった。2年生に進級した直後、突如始まった、私へのいじめが関係を一転させた。
当時、つるんでいた女子5人から仲間外れにされるようになった。理由は分からない。すぐにおさまるだろう、という希望的観測は外れ、状況が変わらないまま季節の変わり目を迎えた。

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精神的な限界に達し、とうとう学校に行けなくなった。「行かないと」。どうにか気持ちを前に向けても、進めなかった。
休んでいる期間、持て余した時間は、ファミリーレストランでのアルバイトに費やした。出勤できる曜日や時間が急に増えても、理由は聞かず、「何かあれば、ここにいればいい」と弱さを受け入れてくれた店長のおかげで、新しい居場所ができた。

母の勧めで、初めて心療内科に受診もした。今は心の病にかかっているだけ。自分の中で気持ちを整理できた。周囲の力を借りて、心身を癒した。
気付けば、半年近く休学していた。私がいなくても、学校に通う誰かの生活に支障が出るわけでもなく、日常は過ぎ去っていく。何の問題もない。

それでも、彼は定期的に連絡をよこした。学校に来い、とは決して言わなかった。他愛のない話をし、遊びに誘ってくれた。

受験生になるのを前に、幸運にも、将来なりたい職業を見つけ、勉強への意欲が増した。自然と、学校に行こうと思った。
とはいえ、いじめている友達とは極力接触したくない。その一心で、鉄道駅から学校まで運行している、在校生の大半が利用するシャトルバスには乗らず、自転車で通うことにした。
学校は山のふもとにあり、行きは急勾配な坂道をいくつも登らなければならなかった。おまけに、バスでさえ30分はかかる距離。これまで、市内で強豪校といわれていたわが校の野球部、ラグビー部員が早朝、トレーニングを兼ねて自転車をこぐ姿をバスの窓から眺め、感心していたが、自分がその一人になるとは思いもよらなかった。

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意地っ張りな私の、無茶な選択を知った彼は、思いがけない一通のメールをよこした。
「駅で待っているよ」
家から自転車で、駅まで迎えに来てくれたのだ。それから毎日、一緒に通学した。学校にいても、クラスが違うのにわざわざ絡みにやってきた。いじめられている私といて、何が楽しいのか。メリットなんてないのに。周囲の目を気にせず、ずっとそばにいてくれた。
大学に進学し、別の学校に通うようになってからも、定期的に会って近況報告した。自分の生涯にかかわる選択や悩みに直面すると、彼の顔が思い浮かぶし、彼も私に話してくれる。
人生をいくら振り返っても、あの時ほど生きる気力を失った時期はなかった。ひとりでは、どうにもできず、誰かの支えを必要としていた。彼がいなければ、今の私はいない。

進学、就職、結婚、出産。生活する環境の変化や人生の節目を迎えるに伴い、人間関係が目まぐるしく入れ替わってきた。距離ができても、日々に追われていて連絡を取り合えなくても、彼とはつながっている感覚が、変わらずにある。

そんな友達がひとりいれば、私は生きていける気がする。