とある月曜日のお昼時。
次の予定まで1時間半もあったので、オフィス街の一角にあるカフェに立ち寄った。
誕生日に友人たちから貰っていたギフト券を使い、大きいサイズのティーラテとキッシュを頼み、店内が見渡せるような高い座席のテーブルでエッセイ執筆をし始めた。
実はかなりの聴覚過敏持ちな私。
外界の騒音を断ち切るためにイヤホンをつけ、最近始めたばかりのゴルフの解説動画をラジオ代わりに聴き流しながら執筆していた。
たとえ重要なゴルフのコツは耳に入ってこなくても。
すると、イヤホンの音をかき消すような大声が聞こえてきた。
声の主は赤いダウンジャケットを着た、中年のおじさん(以下、赤ダウンのおじさん)。
お昼時だが、昼休みの時間が終了するギリギリまでカフェでくつろぎたいサラリーマン達が、食事が終わっても席を離れないため、ご立腹だった様子。
赤ダウンのおじさんは、すごい剣幕で店内を見回しながら、ぶつくさと文句を言っている。
そして、客の動線になる場所にどこから持ってきたのか分からない椅子を一つ持ってきて、腕を組んで居座った。
「私は大きいドリンクカップと、食べかけのキッシュを置いているから、赤ダウンのおじさんの天敵対象ではないはず」と心の中で言い聞かせた。
今度こそイヤホンから流れてくるゴルフのコツに耳を傾け、エッセイを執筆する手は“動かしている風”を装った。
◎ ◎
しばらくすると視線を感じ、ふと目線を上げた。
赤ダウンのおじさんの近くにあるカウンター席に座っていた、スリーピーススーツのベストを着た、イケメン風サラリーマン(以下、スリーピーススーツ・イケメン)と目があった。
どうやら彼も、赤ダウンのおじさんのがなり声が耳障りだったらしく、無意識に赤ダウンのおじさんを見てしまっていた私とたまたま目が合ったようだった。
目が合ってしまったので、とりあえず「(ヤバいおじさん居ますね......)」というアイコンタクトを交わした。
そしてしばらくすると、私の左隣にある座席が空き、先ほど目線が合ったスリーピーススーツ・イケメンがその座席に移動してきたのだ。
気に留めないフリをしつつ、またイヤホンから流れるゴルフの説明に耳を傾けるが、なんとなくドキドキして全く話が頭に入って来ない。
隣の座席に着席したスリーピーススーツ・イケメン。
大量の資料を持っていた。
何か“プレゼン前の昼休み”を、あの赤ダウンのおじさんのせいで削られてしまったのだろうか。
◎ ◎
しかし、内心では「もしや、このイケメンが隣の席に来たのは運命?はたまた、赤ダウンのおじさん、恋のキューピッドだった?」なんて、乙女心がうずく。
イヤホンを外して「さっきのおじさん、ヤバかったですね」と、話しかけようかなんていう妄想まで働いていた。
いやいや、目が合ったとは言え、いきなり話しかける私の方がヤバいと思い、踏み止まったのも束の間。
先ほど平然と隣に着席したスリーピーススーツ・イケメンが、「その紙のめくり方じゃ、資料の内容が頭に入ってないだろう!?」という、凄まじいスピードで、大量の資料をバッサバッサとめくり始めたのだ。
「もしや、スリーピーススーツ・イケメンも私に声を掛けようか迷っていた?じゃないと、この膨大な資料をそのスピードでめくっても、内容が頭に入らないだろう」と、勝手に初対面の彼の行動に、心の中でツッコミを入れていた。
そうこうしているうちに、スリーピーススーツ・イケメンは退店。
本当に“プレゼン前の昼休み”だったのかもしれない。
真相が分からぬまま、妄想したように声を掛けなかった自分に後悔しつつ、残していたキッシュを食べ進めた。
◎ ◎
その翌週の月曜日のお昼時。
スリーピーススーツ・イケメンと遭遇したカフェで、まだ残っていたギフト券の消化を兼ねてカフェに立ち寄った。
「あわよくば、スリーピーススーツ・イケメンが居たら嬉しいなぁ」と思い、店内を見回したのだが、この日はあいにく不在。
とりあえず、春限定の桜風味のドリンクを注文し、前回と同様に店内が見渡せるような高い座席のテーブルに着席した。
しばらくすると、赤ダウンのおじさんが来店。
この日は黒ダウンを着ていた。
しかも、黒髪ロングヘアで美人風のおばさまが赤ダウンのおじさん(この日は黒ダウン着用)とお茶をしながら談笑し始めたではないか。
「あぁ、あの日にスリーピーススーツ・イケメンに意地でも話しかけていたら、今日あんなふうに2人でお茶できていたかもしれない」なんて後悔をしながら、桜風味のドリンクをひとくち含み、物思いにふけた。