職場の先輩はとても気の遣える女だ。

いわゆる「おじさんウケのいい」タイプだし、美人。疲れている時にはさっと差し入れのお菓子をくれたりもする。飲み会の時にはお皿をとりわけ、おじさん達のくだらないギャグにも大きなリアクションをとる。その人がいるとパッと場の雰囲気が明るくなる。

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いつも鈍臭い私とは縁遠いタイプだ。
私は飲み会ではお酒もつげないし、愛想笑いもできない。性格は根暗だし、飲み会ではいつも端の席にいる。だから、その先輩が隣にいると、惨めになる。なんでそんなに無理をするのか、頑張っているのか全くわからなかった。

職場で先輩が明るく話していると、なんだか少しイライラする。先輩が陰で悪口を言っている上司に話しかけられても笑顔で話す先輩にイライラする。おじさん達に気のいいセリフを言っておじさん達のハートをときめかせている先輩にイライラする。

なぜならそれは私が「できない」ことだからだ。

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いつの間にかその先輩を真似していた。意図的ではない。だが、おじさん達の面白くない話にも愛想笑いしている自分がいる。周りの人にお菓子を配り、飲み会ではお皿を取り分ける自分がいる。気のせいかもしないが、段々口調がそっくりになってきている。

しかし、真似するのも限界がある。飲み会でおじさんの話を聞くことに夢中になっていたら、先輩が自然とお皿を取り分けている。うっかり忘れている仕事を先輩が気づかない内に手伝ってくれている。その度、私の自己肯定感がどんどん下がっていく。

なんだか苦しくなった。先輩には勝てない。私は負け組だ。ずっと劣等感を抱えて生きなければいけないのだろうか。自然と先輩と距離を置いていた。先輩の会話には入っていかない。私から先輩には話しかけない。そんな時期が続いた。

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そんなある日、先輩が職場からいなくなることが発表された。そんな気配がない訳じゃなかったが、いざ現実となると動揺する。職場にもどよめきが走った。

仕事の引き継ぎが始まった。先輩が抱えていたものの多さに気付かされた。顔には出していなかったが、きっと大きなストレスがかかっていたのだろう。先輩はそつなく、自分の努力でこなしていた。

私はその努力に嫉妬していたんだな、と気付かされた。先輩にはきっと人生で努力しなければいけない場面も沢山あったのだろうし、その気遣いだって少し頑張れば身につくものではない。笑顔で居続けることや人のして欲しいことを想像すること。

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先輩がしていることは自分のためではなく、周りのことを精一杯考えての行動で、簡単にできることではない。
ゆとりな環境で生きてきた自分にはその努力を認められなかっただけなのだ。

この間先輩がこう話しかけてきた。「私がやったことを後輩にもしてあげてね」
こんな愛想のない後輩にも気遣ってくれる。全く先輩と同じような人間になれるわけではないだろう。だが、その場が良くなる努力は私なりにしていこうと思う。それを受け入れたら、少し楽になった気がした。