抱っこひもの中から、小さないびきが聞こえる。
二重は私に、顔の輪郭は夫に似ている女の子。
可愛くて可愛くて、ミルクを吐かれても、うんちが飛んできても、何をされても愛おしい。
私にとって娘に出会えたことはまさに奇跡のようで、幸運な出来事だった。
私も夫も子供が好きで、付き合っている時から子供の話をしていた。
どうしてあんなに子供が欲しかったのかは自分でもわからないけど、私たちは新しい家族という宝物が欲しかった。
でも、2年以上子供ができなかった。
コロナの感染拡大や結婚式の延期、主人の泊まり込みの研修に転勤と色んな原因はあったけど何かがおかしいと女の勘が騒いでいた。
嫌がる夫を何とか説得してかかった不妊治療の病院。
検査の結果、彼の精液に異常が見つかった。
「旦那さんの精液の値だと自然妊娠は厳しいでしょう。顕微鏡受精をお勧めします」
帰り道すれ違う子供の笑顔を見て、涙が止まらなくなった。
◎ ◎
不妊治療が始まった。
月に2~3回程、膣に器具を入れて子宮や卵巣の状態を見る。
先端恐怖症で体に異物が入ってくることに恐怖を感じる私にとって、これはかなり精神的負担だった。
排卵がされていなければ排卵を促す薬を、既に排卵がされていれば着床を促す薬を飲み、タイミングを取る。
薬の副作用で嘔吐することもあったし、生理が重くなってシーツを血まみれにしたこともあった。
それでも妊娠できなくて挑戦した人工授精。
言ってしまえば寝ている間に卵管に細いチューブを入れられるだけだが、これがものすごく痛かった。
卵管は物を入れる内臓ではないということを実感した。
これだけ痛い思いをしたんだから……、一回の処置で6万円もしたんだから……。私の期待を裏切って周期通りに生理が来、彼に「え?!ダメだったの?!」と言われた時には「お前は気持ち良くなるだけでいいけどな!」と強い言葉で非難した。
ヤればデキる人たちが羨ましかった。
◎ ◎
治療を初めて半年ほどして、不妊治療が保険適用になると聞いた。100万円以上かかると言われていた顕微鏡受精が少し安く受けられる。
彼はやる気満々だったけど、あらかじめ女性の負担を知っていた私はどうしても賛成できなかった。
顕微鏡受精をするには一度卵子を体外に出す必要がある。1週間ほど毎日注射をして卵子を育て、当日は膣に針を刺して肉を貫通し卵巣まで到達させる。経験した友人が言うには、麻酔をしていても目が覚めるほどの痛みがあるらしい。
問題があるのは彼の方なのに仕事を休んで、副作用で苦しんで、痛みと恐怖に耐えるのはいつも私。
治療をしてもしなくても、年齢が上がるにつれ妊娠の可能性は低くなる。4月に妊娠していなければ腹をくくるしかない。もしそれでもできなければ……。
「他の人と結婚しなおしたい」
そう告げた時、初めて彼の涙を見た。
◎ ◎
「これが赤ちゃんですか?」
4月の半ば、何度目かわからない内診で初めて子宮内に小さな小さな粒が見えた。
顕微鏡受精のお金を貯めるため、3月はタイミング法を試していた。着床しやすくなる薬を処方されていたものの、できないと言われていた自然妊娠。ダッシュで帰宅し二人で抱き合って泣いた。
終わりがこないと思っていた地獄に、光が差した瞬間だった。
今の時代、結婚と妊娠が幸せだというつもりはない。
それでも私は娘を産めて、少しずつ成長する姿を見られて、それだけで胸がいっぱいになる。
政治への関心が高まり、娘の生きる未来のために候補者をじっくり調べるようになった。内向的な性格だったのに予防接種の待ち時間に同じくらいの月齢の赤ちゃんを見ると、自分から話しかけられるようになった。
今は娘優先だけど、いつか地域のごみ拾いのようなボランティアがしたい。
娘に出会えたことで確実に私の人生が豊かになったと感じている。
流産の可能性やコロナ感染にも負けず、健康に生まれてくれた娘に感謝して。
ありがとう。