人に興味はあるけれど、名前を覚えるのは苦手だ。その人が好きだと言ったものや、面白おかしいエピソードは事細かに覚えているのに、何故だか名前だけきちんと覚えられない。
高校生の時出会った、素敵なお姉さんが、途上国で二年間ボランティアをしていたと知って、私も彼女みたいになりたくて、いつか同じことをしてみたいと思った。もともと世界の不平等、み
たいなものに関心はあって、そういうドキュメンタリーを見ることもよくあった。

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大学に入ったら、スタディツアーに行ってみようと思っていたが、結局四年間、興味はあったものの、行かなかった。
あっという間に社会人になり、国際支援とは全く違う業種、職種の仕事についた。仕事は好きだが、大学の時にやれなかったボランティアだけ心に引っかかっていて、年度末に1週間ほどでフィリピンのスラム街で子どもたちやお年寄りと交流するツアーに参加した。
食事を渡したり、スラムに住む家庭にインタビューをして、一人ひとりが何を望んでいて、どうなりたいのか聞いた。

フィリピンでは英語が通じて、スラムで生活する子どもたちも問題なく英語でコミュニケーションを取れた。彼らの名前は日本では聞き馴染みのない名前ばかりなので、あまり覚えられなくて、覚えられないうちに次々に新しい子どもが話しかけてくれて、「まあ名前を覚えなくてもコミュニケーションは取れるからいいかなあ」とぼんやり考えていた。

彼らの夢や、生活で楽しいと思う瞬間や、国に求めることなど、たくさん聞いて、やっぱり、映画や本で読むこととは違う、「顔を見て話す重要性」を体感した。
子どもたちに将来の夢を聞いたら「警察官!」「看護師さん!」と次々にそれぞれの回答が返ってきた。エネルギッシュで圧倒される中、1人の女の子は「わかんない…」と恥ずかしがりながら答えた。

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まだまだ5.6歳の子どもたち。将来の夢がある方がすごいもんなと思い「大人の私ですらないから大丈夫だよ〜」と笑いながら話すと、「本当?」とちょっと嬉しそうだった。
夕方5時、フィリピンの夕方はまだまだ明るかったけど、子どもたちに食事を配る時間になった。

おうちでの食事は主食ばかりで、なかなかおかずがある食事を食べれていない子どもたちは、おかずと、ご飯と、そしてジュースがついてくる配給食が大好きだ。
みんな喜んで、勢いよくご飯を受け取り、息継ぎなしで完食する。
ただ、1人だけ、まだ将来の夢がないと言った女の子が、徐にポケットからビニール袋を取り出し、渡した食事をスプーンで全部袋に入れていた。食事は渡した子どもたちのものだし、持ち帰っている子はいない。

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「食事を持ち帰らないと怒られるのかな。お家に具合の悪い人がいて、食べさせなきゃいけないのかな」事情が分からないので「食べないの?」とだけ聞くと、「サラありがとう、バイバイ」と目を合わせず、ひたすら袋に詰めながら言っていた。

なぜ持ち帰る必要があるのか、あまり分からないが、私にそれを聞かれるのはバツが悪いことは明らかだった。彼女自身もお腹が空いているはずなのに、誰かのために持ち帰って、食べさせたい人がいる、でもそれを後ろめたく思っている、彼女の優しさとそれによって生じているであろう罪悪感が切なくて、私は彼女を抱きしめてあげたかった。

でも、結局私は、彼女の前で、ビニール袋にご飯を詰めているところを無言で見ることしかできなかった。だって、私はそもそも彼女の名前すら覚えていなかったから。

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せっかく現地に来たんだから、たくさんの人とコミュニケーションをとって、一人一人に真剣に向き合おうと思っていたのに。
私は名前すら覚えられていないじゃないか。
自分の良い加減さが憎くて、彼女どころかスラムに住む誰とも向き合えていないじゃないかと思った。
笑顔いっぱいで遊んでいて、ちょっとだけ人見知りの、心優しい女の子。
彼女の幸せを心から願いたいので、もう一度、彼女の名前を教えてください。