私には、あまり笑えない言い間違いの癖がある。 その悪い癖のせいで、去年の夏、人様にとんだ迷惑をかけてしまった。

「ジーパンで行っていいんだよな?」

n回目相当の父からの確認。ジーパンという言い方にどこか懐かしさを感じながら、「だから、前にも言ったでしょ。ラフな感じで大丈夫そうだよ」と私は電話越しに答えた。

連日何度も電話で同じ質問をしてくるその様子から、そわそわしている父の心境が手に取るように伝わってきた。

とはいえ、私だって同じようにそわそわしていた。

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彼と籍を入れるにあたっての、両家顔合わせ。結婚が決まった当初は、正直なところあまり気乗りしていなかった。恋人関係が婚姻関係になっても私と彼の間では何かが大きく変わるわけではないけれど、結婚するとなるとどうしても互いの親族が絡んでくる。私は当時、親との関係がややぎくしゃくしていた。かたや、家族仲がとても良好な彼。その違いに、私はどうしようもない後ろめたさを感じていた。

親には、恋人の存在も、同棲していることも一切伝えていなかった。けれど両家顔合わせはどうやら避けられないイベントのようだった。私は覚悟を決めて、家族の問題と向き合うことにした。

結果として、そびえ立つ山のように感じていた問題は、いざ向き合ってみると小高い丘ほどの規模感だった。今までの自分はただ、臆病が故に家族から逃げ続けていただけだったのかもしれないと思った。

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 お付き合いしている人がいること、すでに一緒に暮らしていること、そして入籍することを一遍に伝える流れになってしまったものの、最終的に両親は状況を受け入れてくれた。何も言えなかった、受け入れざるを得なかった、の方が正しいかもしれない。

人生はその人だけのものであると私は考えているから、元々両親の許可を乞おうとは思ってはいなかったものの、それでも私は父と母に感謝した。昔から好き勝手ばかりの娘でごめんなさい。心の中でそう小さく謝った。

そうこうして決定した、両家顔合わせの場所と日取り。

病弱気味の母は体調が芳しくなく、そもそも両親は長年別居状態だったため、私側の親族としては父だけが参加することになった。

ただ、両家顔合わせというと何だか仰々しさがあったから、テイストとしては「食事を兼ねた親睦会」に近かった。そのため、ドレスコードに特に指定はなかった。

普段着すぎず、かといって特段気合いも入りすぎていない単色のワンピースをクローゼットから取り出す。シンプルではあるものの、お気に入りの1枚だった。何歳になっても、ワンピースの揺れる裾には心ときめいてしまう。

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そんなお気に入りの服に着替え始めようとしていた当日、時刻にして午後3時頃。

またも父から電話がかかってきた。ちなみに顔合わせは午後5時からだった。

「本当にジーパンでいいのか」なんていう最終確認だったらちょっと笑ってしまうかもしれない、と思いながら通話ボタンをタップする。

「店着いたけど、どこにいるんだ?まだ来てないのか?」

え?まだ予定の2時間も前だよ?と思うと同時に、ハッとした。

フラッシュバックする、父との先日の会話。

ただ、あくまで私の記憶ベースだ。それが事実であるのかどうか、まだ100%の確信は持てない。私は恐る恐る、電話越しに父に尋ねた。

「…私、もしかしてこないだ、15時開始って伝えた…?」
「ああ、言ってたぞ」

頭を抱えたくなった。やってしまった、と思った。今度こそ私は、心の中ではなく「ごめん、本当にごめん」と猛烈な勢いで電話越しに謝り倒すこととなった。

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私の悪い癖、それは、2通りある時刻表現を頻繁に間違えることだ。
  「午後2時=14時」であるのに、口をついて出てくる言葉は「4時」。
  「午後6時=18時」であるのに、口をついて出てくる言葉は「8時」。
  頭では確かに理解しているのに、いざ喋り出すと数字が混同してしまうのだ。

私は父に、「午後5時(17時)から」と伝えたつもりだった。
ところが悪癖が発動してしまい、「15時から」と言ってしまっていたらしい。

「おいおい…あと2時間どう時間潰せばいいんだよ。店の周り、何もないぞ」
 呆れた父の声。どうしてこんな大事な日に、と私は自分の言い間違いを呪いたくなった。

私の様子から、隣にいた彼も状況を察したようだった。「まったく、何やってんの」と彼にも呆れた眼差しを向けられてしまった。

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2時間後、約束の店で改めて合流した父には「お前なぁ…」と早速苦情が飛んできたものの、怒っている様子はなかった。父の性格が比較的大らかなタイプだったことが、不幸中の幸いだった。とはいえちゃんと謝った。事の顛末を彼のご両親にも当日話したら、爆笑されてしまった。

12時間制と24時間制の混同癖は、今でも気をゆるめると口からぽろりとこぼれそうになる。 せめて、人と約束をしているシチュエーションではもう絶対間違えないようにしよう。
心の中で眉を垂らしながら、静かにそう誓った。