「トリリンガールっていう女性がいるんですか?」
その言葉を発した瞬間、一瞬の間があり、その場が一気に笑いに変わった。
「ちょっとまってよ柚希!それはボケ?(笑)」先輩がお腹を抱えて笑う。
「おい、お前トリリンガル知らないのか?!」社長の眼球が飛び出そうなくらい驚いている。
そう、わたしは無知なのだ。
◎ ◎
トリリンガルとは、母国語とほかの2つの言語を話す人を言う。
それを知らない私は、トリリンガールというラウンドガール的なものかな?という発想をした。
友達にそのことを話すと、「いや、思っても言わないでしょ(笑)あ、でも柚希のことだから本気でそう思ったんだよね。ボケとかじゃなくて」と的を射たことを言ってきた。
「そうだよ、だって私学生の時勉強してこなかったし、知らないことも多いから。
バイリンガールがいなかったとしても、いるんだよって言われたら、あ、そうなんだ!ってなっちゃうんだよね」
と言ったら、友達は堪えきれずに肩を大きく揺らして笑っていた。
第三者からすれば、これは笑い話で終わると思うが私にとってはこれからの人生を歩んでいく上で厄介なものだと気づいていく。
◎ ◎
私は今年で26歳になる。そんなひどい勘違いが「面白い」「可愛い」済まされるのは超絶優しい職場環境の中でだけで、20代前半なら「若いからまだ物を知らないのね」で済まされる話だ。
しかし、もう折り返し地点に差し掛かっている中、この勘違いは手のひらを返して“恥ずべきもの”になる。
だから、今、ものすごく生きるのが苦しい。今までは、周りが笑ってくれていたから
このままでいい と思えていたし、今の自分が好きだと思えていた。
けれどもこの歳になり、転職先で「世間知らず、常識知らず、会社の恥」として扱われることになる。
この間、久しぶりに友達と会ってきた。妊婦になって雰囲気が大人びて見える友達を横目に散歩道を歩く。
すぐ仲良くなれるタイプ?とか結構人間らしい話をしている流れで、
「やっぱさ、わたしってめんどくさいよね」
独り言のように言ってみた。否定してほしくて。
すると友達は、
「もしうちが高校生以降に出会ってたら、友達にはなろうとしてなかったかも。
柚希は特別枠だよ、保育園からの幼なじみだし」
二言目が優しさなら、余計私を突き刺した。要するに腐れ縁だから仕方なく、ってことを
“特別枠”とかいう綺麗な言葉に置き換えたのだなと。
それに気づいたのと同時に思ったことがある。
あ、これ。以前の私なら100%喜んで受け取っていたな と。
自分はずっと前に進めていないんだとばかり思っていた、苦しかったし不安だった。
このまま結婚できるのかとか、子供を産んで育てられるのかとか、
年齢に見合う常識や知識を身につけなければと、常に何かに追われてるようで。
自分で自分のことがよくわからないまま、ただ流れていく日々が耐え難かったのだ。
しかし、空気感や言葉の受け取り方があきらかに前と違うことに気づけた。
これが大人になるということなのか。と嬉しさと虚しさが同時に交差した。
◎ ◎
帰り道、助手席に座る友達が言う。
「なんか、柚希が子供育ててる姿が全然想像できないんだよね」
以前の私なら、イラついていたはずが
「わかる(笑)わたしのほうが想像できないわ。だから前まであった結婚願望も減っちゃったんだよね」
「そうなんだ」
「うん。まあ別に、結婚したい!とかじゃなくて。私が死ぬときにこの人がそばにいてくれたら幸せだな って思える人と出会えたらいいかなって」
「それがいいかもね。柚希は産後鬱とか絶対なりそうだもん」
「いや、自分でもそう思うよ。でも先の事なんてなってみなきゃわからんしね(笑)」
前までは感情的になっていたはずが
今、車を運転する私は、リアルな今をどしっと構えて受け入れられていた。
まだ道のりは長いと思うけれど、この足を止めなければきっと過去の無知な私も、今の無知な私も、笑い飛ばして話せる日が来るのだと思えた。