私が祖母を思い出す時、幼い頃見た寝顔が思い浮かぶ。長い休みで泊まりに行った時は、必ず読み聞かせをして隣で寝てくれた。祖母のほうが先に眠くなって、本を持ったまま寝ていたこともあった。
寝静まった寝室にはカチカチ、カチカチと規則正しく機械音が響く。祖母は心臓に人工弁を入れていて、耳を澄ますとそれが動く音が聞こえるのだ。生きている音。当時の私にはこの仕組みがいまいち分からず、おばあちゃんは胸に時計を入れてるみたいだなと不思議に思っていた。
◎ ◎
大学4年、就活で苦戦し70社受けたのちにやっと内定をもらった製薬会社は、祖母が毎日服用している薬を作っていた。
「これを飲んだら血がかたまりにくくなるとよ」。自分が勤める会社が祖母の役に立っているのは嬉しかったが、一体どう役に立っているのかまで調べるほど、製薬業界に興味をもっていなかった。こんなモチベーションで働き始めた私は、当然慣れない分野に戸惑いが多く、仕事の楽しさよりも自分は向いてないのではないかという不安のほうが勝っていた。慣れない土地、慣れない仕事、慣れない車の運転で不安定だった私を、祖母は変わらない姿で気遣い、美味しい手料理を山盛り用意して迎えてくれた。
地元を離れて、祖母に会う機会も数えるほどになっていった。会うたびに体力がなくなっている、物忘れが増えたと母から祖母の衰えを聞き、意識して祖母と過ごす時間を増やしていたが、とうとうお別れの日が来てしまった。
今年の春、祖母の心臓は止まってしまった。骨折の手術をして入院していた祖母は、命日の朝方まで元気だったのに、心臓に血栓がつまりそこからまもなくして、朝9時に帰らぬ人となった。誰もが元気なって帰ってくると思っていた矢先の出来事で、突然すぎる別れを受け止めることができなかった。私は棺に収まった祖母の姿を見て、幼い頃のように祖母の胸元に耳を澄ませたが、当然人工弁の音は聞こえず、ただ昔見た寝顔のままの祖母が綺麗な姿で眠っていた。
◎ ◎
葬儀からの帰り道、祖母が服用していた血液の薬を調べてみた。
「効果: 人工弁手術後の血栓塞栓症の予防療法」
「手術時の対応: 手術前日3ー5日で休薬」
この時初めて、祖母にとって生きるために不可欠な薬で生死を分けた薬であったと知った。昔からある薬で、大して興味をもってこなかった自分が恥ずかしくなった。
自分が自信を持てなかった仕事が、一番身近で役に立っていたこと。祖母が遺してくれた一番の励ましのメッセージだ。生前祖母はとにかく気さくで、周りの為に動くことを厭わない人だった。誰にでも惜しみない愛情を注いでくれた祖母のように、私も人のためにひたむきに働ける人間になりたい。そのためにまずは、見知らぬ誰かの人生の時計を動かし続けるための一助となるため、今の仕事に励みたい。