「うわ~!!可愛いぃぃぃ!!」
耐えきれず抱きしめて色白のほっぺにほおずり。
改めて愛おしい彼女の顔を見る。
狭い眉間に寄ったしわ。
口がきけなくてもわかる、明らかに迷惑そうな顔をしている。
春の温かい日差しの中、一人で大興奮する痛い母親の私と生後4か月の娘。
私は今、娘をかまうのを抑えられない。

◎          ◎

当たり前だけど赤ちゃんが赤ちゃんでいられるのなんてほんの数年。
しかも毎日少しずつだけど成長してしまう。
このぷりぷりした太いあんよも、ちょっぴりくさい握り拳も、二重顎で埋もれた首もこの瞬間しか味わえない。
スターバックスの期間限定ドリンクなんか敵じゃないほどの特別感。
「○○たんおはよ~♡」
夫と一緒に宝物を溺愛する。
虫歯菌が移らないように微々たる髪に覆われた頭皮にちゅー。
こんなに可愛い生き物と過ごせるなら、股を裂いて生んだかいがあったというもの。
娘が生まれてから写真ファルダはすぐにいっぱいになってしまった。
例え寝不足でも空腹でも娘が泣けばその涙を止めるため、時に踊り、時に歌い、できることは何でもやった。
自分の時間が無くなっても、彼女と一緒に過ごせる時間があればそれでいい。
まさか自分がこんな親馬鹿を発揮するなんて思っていなかった。
「あ、そういえばお米無いからスーパーで買ってきて」
「はるちゃんが買ってきてよ。○○ちゃんが抱っこできるならお米も持てるでしょ?」
「お米は無理だよ」
「なんで?」
「○○ちゃんは可愛いけど米は可愛くない」

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「自分の子供は本当に可愛いです。おむつを替える時おしっこが私の口に飛んできたことがあったけど、それでも可愛くて可愛くて…」
高校の現代文の授業中、先生が言っていた。
…正気か?
子供は可愛いけど私はおむつを替えるのなんか絶対無理。
家庭を持つより英語をもっと勉強して海外で働きたい。
ニューヨークのような大都会でコーヒーを片手にバリバリ働きたい。
かつてはそんな夢を見ていた。
28歳になる今、地方都市で哺乳瓶を振り回しているわけだが、あの時夢見た生活よりも今の方が幸せだと胸を張って言える。
さすがにうんちが飛んできた時は笑えなかったけど、あの時先生が言っていたことがようやく理解できるようになった。
選ばなければ都会で働くことはいつでも誰にでもできる。
でも赤ちゃんのこの時に、全力でお世話をできるのは、私しかいない。

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娘の未来を悲観して泣いてしまいそうになる時がある。
きっとすぐに母親の私よりも、友達が優先になる。
「くそばばぁ」等、私が私の母に放ったような暴言も吐かれる日が来る。
夫の転勤で退職後、不妊治療に専念するため専業主婦を選んだがいつかは娘の学費のために、娘を置いて働きに出なければいけないだろう。
お金は私が身を粉にして働けば良いとして、もし娘がいじめを苦に自殺したら?
会社でパワハラを受けて精神的に追い詰められてしまったら?
地球温暖化で日本が住める環境ではなくなったら?
それよりも娘はまだ首がすわらない。
私に似て幼稚園までおねしょをしてしまうかも。
妊娠中は無事に生まれてくることだけを願い、祈っていた。
でも今はどうか。
夜は寝ろだの、傷になるから顔をかくなだの親の欲は計り知れず、心配事はとどまることを知らない。
「へ、へへっ」
「笑っているの?可愛い~!」
ぐるぐる考えすぎてしまう悪い癖を止めてくれるのは、いつも彼女の笑顔。
考えてもしょうがない。
今はただ、この笑顔を守りたい。

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「うつぶせにすると頭を上げてきょろきょろと周りを見回しました」
「私が見えないとギャー!!ととんでもない声で泣きます」
娘を寝かしつけてから書く育児日記にはその日起きたことがみっちり書いてある。
いつか彼女が妊娠した時に、ヒントになればと思いできるだけ詳細に書いている。
彼女が選んだ道ならば、妊娠も結婚もしなくてもいい。
今のところは渡すつもりで書いているけど、もしかしたらずっと私の手元に取っておくかもしれない。
将来歳を取ってから見返した時に、かけがえのない時間を思いきっと泣いてしまうだろう。
でも今は、我慢できないほどの愛情をこめて私は彼女のほっぺたを吸い続ける。