2年前の初夏に撮った、ある1枚の写真。
お気に入りのその写真を、私は長いことスマホのロック画面に設定している。

夏の気配を滲ませた青空の下で、勢いよく生い茂る木々。
すぐ傍には、澄みきった川が流れている。ざあざあと辺りに響き渡る川音が、今にも写真の中から聴こえてきそうだ。

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川辺には、麦わら帽子を被った1人の男の子が佇んでいる。
真っ白なシャツに、サスペンダーで吊られた黒のスラックス。数回折り返した裾からは、細い足首がちらりと覗いている。

後ろ姿だから、その表情までは窺えない。なおかつ引きの画(え)で撮った写真に写る彼の姿は、ぽつんと小さいものだった。それでも、目の前を流れる大きな川に心を奪われている様子が手に取るように伝わってきた。

手に持っていた荷物をぽいっと放り投げて、川へ向かって駆け出していく彼。
大小さまざまな石が転がる河原は少し歩きにくくて、足元がサンダルの私は後ろからゆっくりと彼の後を追った。彼の姿は、あっという間に遠くなっていく。その小さな後ろ姿に私はカメラをかざし、何気なくシャッターを切ってみた。

写真のセンスは、あまり無いほうだと思っている。それでも、このとき撮った写真は我ながら良い出来栄えだった。
妹にも見せてみたら、「カイくん、ジブリ映画に出てきそうな男の子みたいだね」と言われた。言い得て妙だ、と素直に思った。
パートナーである彼のことを「カイくん」と私が呼んでいるからか、いつの間にか妹も同じ呼び方をするようになっていた。

華奢で小柄な体格だとしても、私より年下だとしても、とうに成人済みである彼に対して「男の子」という言い方はあまりそぐわないのかもしれない。それでも、素朴でどこかいじらしさが感じられる身なりをしている写真の中の彼は、やはり「男の子」「少年」といった言葉がぴったりだった。

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ただ、あの写真を撮った日以来、あんなに似合っていた麦わら帽子を彼は一度も被っていない。部屋の片隅で、麦わら帽子は静かに息を潜めている。
暑い季節の間は、外に出るたびに被ってほしいとすら私は思った。それほどに、「男の子」な彼の姿は私を撃ち抜くものがあった。
ただ、私たちは2人揃って出不精なたちだった。休日に外へ出るにしても、近所のスーパーに買い出しに行くか、軽く外食するか、その程度。いわゆるデートらしいデートというものはあまりしない。

それでも私は、麦わら帽子の彼にもう一度出会いたかった。なおかつ、ただ被るだけではなく、大自然に囲まれた風景の中でその姿を見たいと思った。
例の川辺の写真を撮った2年前は、彼と付き合い始めた年でもある。
そして去年の夏、私は「ひまわり畑に麦わら帽子の彼を連れていきたい」とふと思い立った。青空と大きな川のコントラストも最高だったけれど、彼のあの姿はきっとひまわり畑にもぴったりはまるだろうと思った。

ただ、やはり出不精というものは動き出すまでのスピード感がなかなかに遅い。下調べも甘かったのかもしれない。
気づいたときにはもう、ひまわりの名所と呼ばれているどのスポットも見頃の時期が終わっていた。言うまでもないことかもしれないが、夏以外のシーズンに、麦わら帽子はあまり似つかわしくない。
そうして、秋、冬、春と季節は巡っていき、今に至る。

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彼と過ごす、3回目の夏。
「三度目の正直」ということわざもあるように、今年こそばっちりリサーチして、あらかじめ予定を立てて、満開のひまわり畑へ彼と共に行きたい。しばらく太陽の光を浴びていない麦わら帽子を、夏空の下で存分に輝かせたい。

そしてまた、最高の景色を写真に収められたらとも思う。
2年前はまぐれで上手く撮れたけれど、写真のセンスも夏に向けてもう少し磨いておいたほうがいいかもしれない。

「でもさぁ、『二度あることは三度ある』っていう言葉もあるよね」

ベッドの上でリラックマのようにごろんと横になりながら、そう呟く彼の声が思わず聞こえそうになる。出不精菌が生み出した幻聴か?聞こえるはずのない声を慌てて掻き消す。

暑いから、余計に外に出たくなくなるよね。
わかる、気持ちはわかるよ。
でもね、やっぱりどうしてもひまわり畑に佇む麦わら帽子の君を見てみたいんだ。
だから今年の夏こそは、一緒に行こうね。カイくん。

希少なツーショットも、久しぶりに撮りたいよ。