悪い女、というとあまり良い響きではないけれど、悪役というと思い浮かぶ人がいる。会社の女性の先輩だ。ここでは良い意味で悪役だと思っている。

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その先輩は仕事が出来る。速くて正確だ。社歴は先輩の方が長いとはいえ、部署にいる歴はほとんど私と変わらないのに、なぜこんなにも違うのかと不思議になるくらいに出来る。
私がこんな感じでいいかな、とたまに適当にやっていると、見事にそこをつつかれる。そもそも、適当にやってはいけないという前提があるが。もしくは、自分ですら気づいていないミスを発見してくれることもある。
そして、先輩は決まって注意をする時に口調が厳しい。詰める、という言葉があるが方向性としてはそれに近い。
「なんで、~やらなかったの」という風に言われる。返答に困り、無言になる私。そんな風に言わなくてもいいのに、と原因は私なのだが、内心思ってしまうこともある。
ただ最近、この先輩の注意の仕方はすごいのだということを身をもって感じることがあった。
年明けに同じ部署の違う部門から後輩が異動してきた。その後輩の教育係に一カ月半ほどの期間、私は任命された。仕事をしながら最近飽き飽きとしてきた私にとって、これといった後輩がいるわけでもなく教育係をしたこともほとんどない私にとって、そして私の職場にとってそれは非常に重要な職務だった。

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後輩は、同じ部署とはいえ違う部門からの異動のため、してきたのは全く違う業務なわけで、勿論一から業務を教えた。非常に骨が折れる。そもそも、人に教えるというその行為自体が困難を極めることなのだ。教えるのが得意という人もいるが、私は不幸なことにその人種には当てはまらなかった。
そして、教えること以上に私を悩ませたのは、注意をどうやってするのか、ということだった。

後輩はあまりメモをとらなかった。
容易に予想出来ることなのだが、私に何度か同じことを質問してきた。常人離れした記憶力でもない限り、そうなるのは当然である。
これ、前にも聞いてきたな、と感じる質問が何度か続いた。その度に教えた、まるでそれを初めて教えるかのように。厳しく声をかけることもなく、普通に教えていた。それでもメモはとっていなかった。

教える、メモをとらない、忘れる、また同じ所で引っかかる、思い出せない、質問する。この流れが何度か繰り返された。
文字起こししながら、無駄なことをしているなと再認識している。そろそろこの事象について、後輩に何か言わなくてはいけないな、と思っていた。厳しく言わないと理解してくれないタイプだろうと思ってはいたが、実際に声をかけるべき時がくるとどこか躊躇していつもの自分になってしまうことが続いた。

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要は自分が可愛かったのだ。悪く思われたくないと思っている自分に気づいた。そしてその時に前述の先輩は、きっとそんなことなど微塵も思うことなく私にとって必要なことだから、今まで厳しく声をかけてくれていたのだとわかった。自分がどう思われるか、ではなく、目の前の相手にどうしたら伝わるか、それが重要だった。

私は腹を決めた。いつもとは違う雰囲気を身にまとって、声をかけた。メモをとらずにいて、同じことを質問するのはお互いにとって無駄なことだから、もう同じことを言わせないでくれ、そんなようなことを言った。いつにないくらい、真剣に、少し厳しめに。

そこから、同じことを聞かれることはなくなった。メモもとっていた。伝わったようだ。
悪役というか、嫌われ役というか。それは必要だからこの世に存在する。表面のすぐ目に見える部分ではなく、そうではない所に物事の本質が隠れていることがある。人生には時に悪役になることも必要なのかもしれない。