甘い甘いフラペチーノ。
脳の疲れにがつんとダイレクトに響くようなその甘さを、夜の街のきらめきを尻目に、最後のひとしずくまで飲み干す。

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この春、私は大学を卒業して社会人になった。
いわゆるオフィスカジュアルと呼ばれる綺麗めのコーディネイトにパンプス、肩からかけるのはOLのお供として有名なLONGCHAMPのバッグ。
見た目だけ綺麗に綺麗に整えて、今日も職場に向かうけれど、実態はそんなに優雅じゃない!

リモートワークがない職場なので、毎日早起きをして、お弁当を詰めて電車に乗らないといけない。職場に着いたら着いたで、学生の頃とは大きく異なる一日が待っている。先輩の指示を一度で理解できずに聞き返したり、以前習ったことを久しぶりにやろうとしたらほとんど忘れていて焦ったり。おたおた、おろおろしつつも、とりあえず目の前のタスクを一つ一つ片づけていたら、あっという間に退勤時間。帰りの電車の中で勉強しようと思っても、ついつい関係ない趣味の本を読んだり、目を閉じてぼーっとしたりしたくなってしまう…。

自分で書いていて情けなくなってくるような社会人生活である。インスタで流れてくる、「副業頑張ってます!」「会社員しながらインスタ発信してます!」系のキラキラアカウントは精神上良くないので、あんまり見ないようにしている。

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さて、そんな私だが、先日ありがたいことに初任給をいただいた。正直未だに実感は湧いていないのだが、銀行の残高の数字がちゃんと増えているので、初任給をいただいているというのは紛れもない事実のはずである(というか事実じゃなかったら困る)。

上司から「今日お給料入ってるからね~」と言われて退勤した時は、少し夢見心地というか、地に足がついておらずふわふわしている感じだった。

ふと我に帰れば、街はすっかり夜のモード。キラキラした光の間を、仕事終わりのサラリーマンやOL、遊びに繰り出す若者たちが歩いていく。その光景を見ていたら、何だか私もウズウズしてきた。

社会人になって初めてのお給料を手にいれた。
こんな日にこのまままっすぐ帰るなんて、あまりにも勿体ない!
まだ週初めだというのに、すっかり華金みたいなスイッチが入ってしまった私。今日は少し贅沢して帰ろうと思って、パンプスの足音も軽やかに、スターバックスへと向かった。

10代の頃は欠かさず毎回飲んでいた、期間限定のフラペチーノたち。20歳を過ぎた頃から、「甘いし冷たいし量も多いし、もう序盤でお腹いっぱいになる…」「いやそもそも飲み物一杯でこの価格って、かなり贅沢じゃない?」と感じ始めて、気づけばスタバそのものにあまり足を運ばなくなっていた。
でも、今日は記念すべき、初任給をいただいた日なのだから!
一杯で700円以上する贅沢な飲み物って、こんな日だからこそ飲むべきじゃないか⁉
そう思ったら我慢できなくて。自分の番が回ってくるなり、インスタで見かけてちょっと気になってた期間限定のメロンのフラペチーノを注文した。

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イートインコーナーへ向かったら、そこは既に沢山の客でいっぱいで、たったの一席も空いていなかった。しょうがないか~と、立ったままストローの袋をちぎって、透明なカップの内側でふんわり立ち上がる黄緑色のクリームに勢いよく突き刺す。一口すするなり口の中いっぱいに広がった爽やかな甘さに、私は心の中で歓喜の声を上げた。

なにこれ最高!!!
メロン味のお菓子って、中には人工的な味がするものもあるけれど、さすがスタバは格が違う。口の中にひたひたと染み込む濃厚で芳醇な甘味は、まるでメロンの果肉そのもののようだ。果物の中でも値の張る「高嶺の花」ポジションのメロン、あなたこそ初任給ハイになっているへっぽこOLのテンションをぶち上げるのにふさわしいよ。

夢中になってごくごく飲んでいるうちに、何だか周りの客が皆揃って窓の外を撮影していることに気がついた。
窓の外には、濃紺の夜空をバックにキラキラと浮かび上がる、夜の街のきらめきが広がっていた。客の中には、自分と窓の外を自撮りで一緒に撮影している外国人もいる。確かにこの光景、いかにもアジア圏の繁華街の夜っていう感じで、外国人からしたら魅力的だろう。ていうか、バリバリ日本人の私も、この光景には少なからず心が踊るよ。

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手の中でフラペチーノがぬるくなっていくのにも構わず、私はその光景に見とれていた。
就職して一か月、仕事が終わったらまっすぐそのまま帰るか、駅近くの商業施設に寄るかで、こんな風に窓越しに街全体を眺めたことなんて一度もなかったけれど。
初めてのその光景は、とても綺麗だった。
これから週に5日、私は電車に乗ってこの街へ向かい、この街で仕事をして、また電車に乗ってこの街から帰っていく。 
自分の人生において、それなりに長い時間を過ごすであろう場所の知らなかった一面を知ることができて、私はちょっぴり満足していた。

我慢できなくて、ほとんど衝動買いのように注文したフラペチーノ。
この一杯がなかったら、私はこの街がこんなに美しく装うことを知らないままだった。
そう考えると、これって贅沢でも浪費でもない、必要経費っていうやつですよね?
都合の良い時だけ引っ張り出す神様に無理やりイエスと言わせて、私は再びストローをくわえる。

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甘い甘いフラペチーノ。
脳の疲れにがつんとダイレクトに響くようなその甘さを、夜の街のきらめきを尻目に、最後のひとしずくまで飲み干す。
さてさて、私の社会人ライフはまだまだ始まったばかりだ。
とりあえず見た目から綺麗に綺麗に整えて、パンプスをアスファルトに打ち鳴らして、

明日もこの街で頑張るぞ!