付き合って6年になる恋人がいます。穏やかで思慮深く、理屈っぽくておしゃべりで、大好きなひとです。彼と、これからも共に在りたいと思っています。
そんな彼はアレルギー体質です。卵を筆頭に、生魚は赤身も白身もダメだし、魚卵もダメ、白身魚は火を通しても食べられないし、エビもちょっとならいいとか言うけれどちゃんとアレルギーだし、そばも食べられません。幼い頃は小麦や牛乳も食べられなかった、と言っていました。彼と彼の親御さんの苦労は計り知れませんね。

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かくいうわたし自身も苦労しました。外食では少しでも油断をすれば思わぬところにアレルギー食品が入っていたり、おやつの成分表示は必ず卵が入ってないかを確認したり。
外食をしたり外で買って来たりしない、わたしが作るご飯なら、わたしの入れたものだけを食べてもらえて安心です。

必然的に、外食は少なくなって、お家でご飯を食べることが多くなりました。彼にもわたしの好きな甘いものを食べてほしいなあ、と、アレルギーのある子ども向けのレシピ本を購入してケーキを作ることもありました。彼はご飯を食べるときに必ず、どんなに簡単なものでも、「今日もご飯を作ってくれてありがとう」と伝えてくれます。おかわりもしてくれます。味についての感想も伝えてくれます。こんな彼ですから、食品に注意を払わなければいけないぐらいで食事が苦痛になることは今までありませんでしたし、きっとこれからも無いのだと思います。

彼のことをとてもとても大切に思っていて、大好きだと素直に言えるわたしなのですが、でもやっぱりモヤモヤしてしまうこともあります。それは彼のちょっとした一言だったり、お互いの意思や行動の食い違いだったり、どんな関係でもあるような些細なことたちです。

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そんな些細なことで胸がいっぱいになって、塞ぎ込んでしまうようなとき、わたしは意図してプリンを食べてしまいます。卵のたくさん入った、彼には決して食べられない、きっと彼にとっては命に関わるような食べ物を食べます。
彼には決して言えません。
だって、あんまり酷いじゃないですか。彼のアレルギーのことを知っているわたしが、色んな工夫をしながら、美味しいね、と言い合える食卓を囲むわたしが、彼がアレルギーで苦しむ姿を見て涙したことのあるわたしが、彼を殺してしまうような食べ物を彼のことを考えながら食べるなんて。
残酷さを噛み締めながら、些細な不満を、卵の匂いのするやわらかくてあまいプリンを、飲み下します。
彼は、わたしのことを、優しい、とよく褒めてくれます。わたしは、あなたを心のなかで何度も殺しているようなものなのに。

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「君は小説みたいな漫画が好きだね」と、わたしのことを分かってくれるひと。わたしが第一希望の会社に落ちたとき、苦手だと言っていた電話をかけてきて、どうでもいい話をしたあとに、「慰めるのは下手だから」と申し訳無さそうに笑うひと。
愛しています。ほんとうに、だれよりも。
わたしがプリンを食べるのは、彼に怒りや不満をぶつける前に、彼をわたしのなかで溶かしてしまうためなのかもしれません。溶かして、溶かして、わたしの嫌な気持ちも一緒に溶かして、彼にとって一番優しいひとでありたいからかもしれません。
これからも、彼を愛しているために、わたしはまたプリンを食べるのだと思います。どうしようもない気持ちも美しくない感情もプリンと一緒に呑み込むのです。卵アレルギーの彼のことを考えながら。