冴えない毎日を一変させる要素があるとしたら、それは一目惚れ以上に効果的なものはないだろう。
異世界に転生したかのように見える景色も、自己評価も、毎日のテンションも全てが変わる。
何も楽しくない満員の通勤電車。ふと隣を見ると、切れ長の目をしたどタイプの男性が…!!身長も8センチヒールを履いている私よりもゆうに高く、心なしかいい匂いもしてくる気がする…。やばい。一目惚れしちゃった。
このストーリーは大いにあり得るし、説得力もあるように感じる。
うんうん。いい。何より、人生ってこういうロマンスもなきゃ!って元気ももらえる。

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では、ちょっと萎えることを言おう。これも人生だ。
生物学的には、一目惚れは効率の良い再生産プロセス促進剤であるという説がある。
つまり、一目惚れとは種族存続を容易にする脳の錯覚。
相手の理想的な特徴を見つけ、あたかも全てが理想的であるように感じる。この男性では匂いにあたるだろう。
そうして、恋愛感情を抱かせて、セックスに繋げようと脳みそが司令を出しているという。
なんてレスロマンティック…。私の脳はそんな動物的ではありません、と反論もしたくなる。
しかし、一目惚れを説明しようとすればするほど、我々人間のヒトらしさが証明されてしまう。
実は、自分の似ている箇所を見つけて親近感を湧いているだけだとか…。犬が散歩していて他の犬を見つけて喜ぶのと似ているのかもしれないパターン。
もしくは、瞬時に自分と遠い遺伝子を感じ取るとか…。これも種族保存本能。
寂しくなるから、この辺りにしておきたい。

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そんな萎え萎え説を知っていながらも、私はパートナーへある意味一目惚れした。
アプリで出会った人なので、写真や基礎情報、日常会話は会う前からしていたが、実際に会ったことで惚れてしまった。
今でも、初めて彼が視界に入ったあの瞬間が忘れられない。
お店の前で待ち合わせをしており、彼を見つけた時、今までに感じたことのない何か自分の中の高まりを感じた。
勘繰り深い私は、外見だけでは落ちない自信があったが、その夜の会話で、完全に落ちた。
彼は私に持っていないものを持っており、そして今まで私の中の自己評価は高いけれど、なかなか理解されづらいとある内面の部分が重なった。言うなれば、彼は遠くて物凄く近かったのだ。
もう会えないかもしれない、帰りにそんなことを思って急に不安になった私はこんなことを口走った。
「今日の会話を全て録音しておきたかった」と。
とんでもない変態発言。
でも今までに感じたことのない高揚感を、なんとしても残したい焦りとが混じって出てきた本音だった。
彼は笑って、「また飲みに行きましょう」と言ってくれた。
帰りの改札まで続くエスカレータ。私の後ろに立った彼の長い腕が、私を半分包むように横に置かれた。
この腕に触れられる時はくるのだろうか、そんなことを思いながら私の何かが疼いた夜だった。

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彼との出会いは、あの萎える法則がいくつもクロスしたもののようにも解釈できる。
私のヒトとしての動物的本能が起こしたノイズで、脳が引き起こした意図的な勘違い。
面白いことに、あの恋焦がれた腕に触れたい時に触れられるようになった今でも、会う度に恋に落とされている。
勘違いとされるきっかけで始まった恋心も、もう愛情に変わっているのだ。毎日幸福を運んできてくれる。
いいよ、生物学的な理由とやらに騙されてあげる。
連れてきてくれる幸せに免じて、ね。