誰にも言ってこなかったことなのだけど、この秘密を守ってくれますか?
誰にも吹聴しないでほしいのです。よいですか。それでは。

私は、あまり怒りを覚えない人間なのですが、それには実はちゃんとした理由があるのです。よく、「万里はいつも冷静だけどなんで?」とか「怒ったことあるの?」なんて言われることがありますが、本当に実は怒りを覚えたことはあまりないのです。

もちろん、全くないというわけではないですが、ほとんどなし。どうして?とよく聞かれるので「なんでだろうねぇ」なんて誤魔化していますが、実はちゃんと理由があります。

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例えば、あなたが電車を待っているとき、おじいさんが当たり前のように割り込みをしてきたとします。腹が立つと思いませんか?私だって腹が立ちます。だから、私はそのおじいさんに「物語の主人公」になってもらいます。

愛するおばあさんが家で待っているというのに、ついつい旧友と長話をしてしまった。おばあさんは自分のことを待たずに夕食を食べてしまってはいないだろうか。ああ、一緒に食卓を囲むあの時間が世界で一番大切で、あと何回あるかもわからないのに。

そんなことを考えていると、目の前にいるくたびれたOLのことなど目にも入らず一目散に電車に乗ってしまう。どんなに早く電車に乗ったって、家につく時間は変わらないとわかっているのに。

はい、こんな感じ。
ここで出てくるくたびれたOLが私だとして、おじいさんの物語を勝手につくって「それじゃ、仕方がないね」と考えるようにしているのです。これだけじゃありません。もし、納得がいく物語ができなかったらその周りにいる人も巻き込んで壮大なお話をつくります。

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例えば、割り込みをしたおじいさんがウロウロと電車の中を歩いているとします。そうしていると、電車が揺れておじいさんが転びそうになりました。すかさず座席に座っていた若い男性がおじいさんに声をかけ、席を譲ろうとします。それでもおじいさんは「勝手に年寄り扱いせんでくれ」と言って青年の厚意を無下にしました。

いやあ、ここまでくると本気で腹が立ちますよね。自分が青年の立場だったらもう本当やるせない気持ちになります。そこで、こんな感じに。

おじいさんは、本気でいそいでいました。おばあさんが自分のことを忘れてしまうのではないかと心配だったからです。というのも、おばあさんは認知症で、おじいさんのことを時折思い出し、そしてまた忘れていってしまうのです。

今日帰ったときに、どのように迎えてくれるのかで、おじいさんの立場は消えたりあったりするわけです。どうか今日は覚えておいてくれ、そんなことをぐるぐると考えながら、電車でウロウロしていると青年が声をかけてくれました。

でもおじいさんに余裕は全くありません。席を譲られるくらいには自分が年寄りに見えてしまったことにとても悲しみを覚えます。もしかすると、おばあさんだけでなく自分さえもおばあさんのことを忘れてしまうかもしれないなどと思うからでした。

「年寄り扱いせんでくれ」そう言って振り払った厚意のことなど視界に入れないようにしました。しかし、ふと思うわけです。あの青年、若いときの自分によく似ていないだろうか。ああ、あのときは、おばあさんが靴擦れをしていてバスの席を譲ったのではないか。そんなことを思い出して、青年の方を振り返りますがもう電車の中は人でいっぱいで彼の姿は女性に隠れて見えなくなっていました。

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どうですか。ちょっと切ない物語できましたよね。こんなことを毎回考えているわけです。要は私、現実世界にいることのほうが少ないのではないかというくらい、めちゃくちゃ想像しているんです。その人に基づく物語を。もちろん、この場合、青年があまりに切ない思いをしているので声をかけちゃうんですけど。「災難でしたけど、正義感は電車中に伝わっていますよ」とか。そしてまたこの青年を基にした物語を考える。もう終わりのない物語の連続です。

ということで、私の癖は怒りややるせなさを感じる場面でも、勝手に対象人物の物語を想像して「仕方がない」理由を作っているということです。

これ、こっそりするのが楽しいしコツなので、内緒にしておいてくださいね。