平日の真昼間に、スマホが着信を知らせた。同じアパートの一個下に住んでいる親友からだった。
「もしもし?」
「あ、ねぇ今どこにいる?」
「家だけど」
「ちょっとさ、私の家に行ってパスポート探してくれない?」
◎ ◎
頭の中がハテナで埋めつくされた。パスポート?何故?
しかし相手は何やら急いでいるようで、とりあえず部屋着のまま私は家を出て、アパートの階段を降りた。彼女の部屋について、暗証番号式の鍵に番号を打ち込む。
開いたドアから部屋の中に入って、通話をビデオ通話に切り替えた。
「洋服のラックの下に引き出し付きの赤いボックスがあるでしょ?その一段目」
「...無いけど」
「あれ、じゃあ二段目かも」
「あった」
「それの取得年月日と旅券番号教えて」
必要事項の載っているページを写真に撮って送信した。事情を聞くと、彼女は笑いながらひそひそ声で「実は」と話し始めた。
「パスポート更新のために都庁に来たんだけど、前のパスポート情報が必要らしくて。それ知らんかったから、列に並んでたのに対応してくれなかったんだよね」
つまり彼女は今都庁にいて、情報がわからなければ手続きができないと弾かれてしまったが故に、同じアパートに住む私に電話をかけてきたのだ。
「マジで助かった!ありがとー!」と言って電話は切れた。私も役に立てたことを嬉しく思い、自宅に帰った。
◎ ◎
しかし数分後、LINEにこんなメッセージが入る。
「現物が要るみたいだからやっぱり帰る」
えええ!そんなことある?わざわざ都庁に行って、電話してまで私を使ったのに?しばらくして本当に帰ってきた彼女は、お礼にとパンを買ってきてくれた。
ところが彼女の不運はこれだけでは収まらなかった。彼女は電車で1時間かかるところでバイトをしているのだが、どうやらこの日、前日にバイト先に忘れていったピアスを早朝から探しに行っていたらしいのだ。しかしピアスは見つからず、そのまま都庁にパスポートの申請に行った。結果、現物が要ると言われ泣く泣く帰宅。
「別日じゃダメなの?」と聞いたが、留学の予定があり、バイトとの関係上、どうしてもこの日しか申請できる時間がないらしい。
さらに彼女のスマホは充電が底を尽こうとしていた。モバイルバッテリーを携帯するのを忘れて行ったという。
まだまだ続く。結局家にパスポート(とモバイルバッテリー)を取りに帰って、もう一度都庁に行き、申請を終えた彼女はそのまま武蔵小杉へと向かった。バイト先の友人とご飯を食べる約束をしていたからだ。
◎ ◎
18時頃にかち合って、居酒屋へ直行。2人ともお酒好きで、かつ次の日が朝から出勤日だったらしく、早く帰るためにハイペースで体にアルコールを流し込んだ。
ビール、サングリアのグラス、スパークリングワインのボトル、サングリアのデキャンタをわずか2時間で空けつつ、食事。そうなると当たり前のように酒の巡りが早くなり、帰りには足もフラフラ。結局彼女は最寄り駅でリバースしたらしい。
「それで次の日は何時起きだったの?」
「6時台には起きた。気持ち悪すぎたけどバイト行ったの偉くない?」
偉い。偉いがそれよりも面白すぎて私は笑いが止まらない。こんなに不運が続く人間も珍しい。むしろ絶好調である。
当人にとっては散々な一日であっただろうが、聞いている私としては一生笑える話だ。申し訳ないが、この話を聞いて私は改めて彼女と一生仲良くしようと思った。
改めて、彼女の絶好調な一日に助っ人として登場できたことを喜ばしく思う。