2021年12月25日、19時を回った頃。
わたしは電車に揺られていた。向かう先は恵比寿ガーデンプレイス。お目当てはもちろん、かの有名なイルミネーションだ。
恵比寿駅に着いて、弾む足取りで改札へ向かう。そこにはコートに身を包んだ恋人が……いない。
待ち合わせに来てないとかそういう問題ではない。10月に恋人と別れたばかりのわたしには、そんなもの、いなかったのだ。
じゃあなんで都民でもないわたしが、ひとりでこんなところにいるのかというと。
◎ ◎
時を遡ること約2時間、17時頃。
昼間、わたしは友達とクリスマスマーケットやカフェを楽しんだ。やっぱり持つべきものは友達だ、なんて思いながら家に入ると、おかえりと母親の声がする。
「ただいま〜。今日の夜ご飯ってなんだっけ?」
「今日はね〜。厚揚げ」
え?なんて?
「え、今日クリスマスだよね……?」
「そうだけど、クリスマスのご飯は昨日食べたじゃん」
「あー。……まあ、そうだけど」
確かにそうだけど。昨日は家族でチキンやケーキを楽しんだけど。
それにしても、厚揚げ……?
いや、お母さんの料理は世界一好きだよ。いつもご飯作ってくれてほんとにありがたいし、厚揚げ自体も好き。でも、でも……。
リビングの椅子に座ってしばらく考えたあと、わたしは思い切って立ち上がった。
「ごめん、先輩に呼ばれたから、ちょっと出かけるね」
嘘です、ごめんなさい。厚揚げは明日食べるし、仕事が休みに入ったら家のこともちゃんと手伝うから……と言い訳で脳みそを飾り付けた。
◎ ◎
なぜかこの時のわたしは、クリスマスというイベントにひどくこだわっていた。クリスマスらしいことをやりきらないまま、わたしのクリスマスを厚揚げで終わらせたくなかった。
「恋人がいなくたってクリスマスらしいことはできる」と証明したかったのは、独り身の意地みたいなものだったんだと思う。
わたしがまだやりきっていなかった「クリスマスらしいこと」、それがイルミネーションだった。だからわたしは約1時間かけて、恵比寿に向かうことにした。数年前に見た恵比寿のそれは、すごく綺麗で感動したのを覚えていたから。
恵比寿駅はクリスマスを楽しむ人々で賑わっていた。無心で動く歩道に乗り、ガーデンプレイスを目指す。
周りを見渡せば見事にカップルばかりだった。カップルとカップルに挟まれる。反対側の動く歩道にいるのももれなくカップル。たまに友達同士のような人もいたが、ひとりでいるのはやっぱりわたしだけだった。回転寿司で流れるタピオカもこんな気持ちだったのかな。
◎ ◎
それでもここで怯んだら負けだ。何と戦ってるのかはわからないけど。わたしはただイルミネーションが見たいだけだし、イルミネーションを見るのに人数指定なんてない。ひとりでいたって何もおかしくない。そう思いながら早歩きになっていたのは、精一杯の強がりだった。
この動く歩道に乗るのは初めてじゃなかったのに、なぜかすごく長く感じた。早く着け、早く……。
前方から来る冷たい空気が、この地獄の終わりを知らせている。半ば駆け足で外に飛び出ると、目の前の信号の先にはシャンパンゴールドの大地獄が広がっていた。
綺麗だと思う前に、「来るんじゃなかった」と思った。この時点で既に、わたしの「恋人がいなくてもクリスマスらしくイルミネーションを見るくらいできる」という目論見は打ち砕かれていた。数年前に見たあのシャンパンゴールドが綺麗だったのは、その時の恋人と一緒だったからなのか。結局そうなのか。
◎ ◎
たくさんのカップルとたくさんの電飾をかき分け、風を切って歩く。頬に寒さが突き刺さって痛かった。
なんだこれ、全然楽しくない。外の世界を遮断するために押し込んだイヤホンの中では、好きなアイドルが「特別なことはひとつもないのになんでそんなに待ちわびてるの?」としきりに問いかけている。そんなの、わたしだってわからないよ。
立ち止まって、ぼーっと光を見つめる。隣に誰もいないのって、こんなに寒いんだっけ。わたし、何してんだろう……。
早歩きする元気もなく、踵を返してふらふらと駅に向かった。滞在時間は約10分。もう十分だった。
帰路のことはあまり覚えていない。強烈な虚しさと、イルミネーションは心が寂しい状態で見るもんじゃないと思った記憶だけが、いつまでも残っている。
2021年12月25日は、とても寒かった。あれから何度も寒い日があったけど、その度にあの日を思い出しては、自分の幸せについて考える。この先、わたしがひとりでもあたたかい冬を過ごしていくために。