4月の末、3年半付き合っていた彼氏と別れた。
大学の同級生で、見た目がタイプで、優しくて、話が合って、私のことをとても好きでいてくれる人だった。それでいて、働くことが嫌いで、ラッパーとして成功するのが夢で、物事を現実的に考えることができないのに、奨学金をたんまりと借りている人だった。
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彼は私の初めての彼氏で、キラキラ輝く楽しい思い出をいっぱいくれた。付き合う前に花火大会に誘ってくれて、帰り道で告白してくれた。その花火大会には、2人で毎年行っていた。
私たちは、基本的にはずっと平和で、仲良しだった。お互い、自分にも他人にも甘いタイプだったから、あまり言い争いになったりはしなかったからだ。そんな私達の仲を終わらせるのは、なかなかに勇気が要った。居心地の良い場所を失いたくなかった。それでも終わらせる決断をしたのは、最初に並べた彼の特性のせいだ。彼の全てを受け入れられるほどには、私の器は広くなかったし、お金持ちでもなかった。
そんなわけで、なんとか別れを切り出したのだけれど、今現在もズルズル連絡をとり続けてしまっている。
こんな状況を打開するために、1週間ほど前、マッチングアプリをインストールした。
彼と付き合う前にもやっていたので、2度目のチャレンジである。
無数に出てくる男性たちの写真とプロフィール。許容できる年齢は下は2歳、上は5歳差くらいまでだろうか。「医学生」とか「上場企業」なんて文字が自己紹介欄にあったら、迷わず左にスワイプ、「スキップ」する。詐称な可能性が高いように感じるし、仮に本当だったとしても、そんなエリートと私はきっと合わないからだ。「公務員」ですら怪しく思えるけれど、そこは他の情報と照らし合わせてとりあえずの判断を下す。マッチングが成立したら、やりとりが始まる。互いに無難な話題と言葉しか選ばないので、さながらAI同士の会話のようになってしまう。ほんのりとした苦痛に耐えて話を続け、2人の男性と会うことになった。
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そのうちの1人とは、今週の頭に既に食事に行った。最初に顔を合わせたとき、「う、失敗したかも」と思った。相手の目が、めちゃくちゃ大きかったからだ。私はエリート同様、顔が良すぎる人も「スキップ」していた。客探しをしているホストである確率が上がるし、ただの顔が良い人だったとして、私とは合わない気がするから。エリートの場合とほぼ同じ理由だ。この男性の目は、私がこれまでの人生で見てきた美形な人たちのそれと同じような造形をしていた。
大丈夫だろうか。私なんかと会うだけ時間の無駄なんじゃないだろうか。早めに切り上げられたりして……。
という懸念は、店に向かうまでの間、話しているうちに少し薄くなった。話すのが苦手そうな喋り方だったからだ。もしかして、マスクの下はそれほど整っていないのかもしれない。その方が好都合だ。そういうタイプの方が、私にはちょうど良い。
が、料理が運ばれてきてから、マスクを外して露わになった彼の顔立ちは、やはり最初に思った通り整っていた。アプリに載っていた写真よりも全然良かった。笑うと、数年前に「プリンス」の肩書きを与えられてテレビに出ていた、東大生のクイズ王にそっくりだった。
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じゃあ、あんまり話してくれないのは私に興味がないからなのか……? と思い始めた頃、彼の方から「次は映画に行こうよ」と誘ってくれた。観る映画も提案してくれて、具体的な日にちも聞いてきた。な、なんで……? 顔が良い人間が、大人になってもなお、普通に話すのが苦手なことなんてある……?
こういうタイプが案外、私みたいなチョロそうな女をはべらしていたりするんだろうか。それか、マルチか、宗教か、保険? そうじゃなかったとしても、もしお付き合いするとしたら、もうちょっとお話ししてくれた方が嬉しいかも……。
なんて思いながらも、笑顔の可愛さに負けて、次の約束を決めてしまった。なんだかんだ、楽しみではある。
明日は、もう1人の方の人と会う予定だ。この人とは二度通話していて、その時は結構会話は続いた。アプリに載っていた顔は、かなりタイプだった。口が大きくて、元彼にちょっと似ている。もしこの写真の通りの顔なら、かなり嬉しい。
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この2人のどちらかとうまくいくのか、他の人とうまくいくか、誰ともうまくいかないのか。今の私には見当もつかない。けれど、とりあえずの目標がある。元彼ではない人と、花火大会に行くことだ。元彼と行っていたやつじゃないのに行きたい。他にも花火大会はいくつもあるから。
私は、無理せず未来を目指していける人を見つけたい。というか、見つけよう。もう過去を振り返るべきではないのだ。そう自分に言い聞かせつつ、今日はヘアトリートメントをたっぷり塗った。