私は、基本的に怒りの感情が湧くことはない。
ただし、自分以外の人に対しては、という注意書き付きである。家族や友達など、関わる時間が長い人に対しても、余程のことがない限りは怒らない。まあ、怒られることはあるのだけれど。

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周りの人から穏やかだと思われる私でも、自分に対してはものすごくイライラする。
寝癖がひどすぎて髪を直したのに、大学で鏡を見たら、後ろだけ直しきれてなかったとき。ご飯を食べ始めて数分後、テーブルの真ん中にあるおかずを食べようと手を伸ばしたら、手前にある味噌汁の入ったお椀をひっくり返したとき。
これらのイライラも一つや二つなら涼しい顔でやり過ごせるのだが、いくつも溜まってきたり、立て続けに起こったりするとやってしまう癖がある。それは、好きなアーティストの曲を熱唱すること。それも家で。
大体、イライラのピークは、夜ご飯を食べた後くらいにやってくる。その時間になると、いろいろなことがひと段落して力が抜けてしまうのか、ヘマをしやすい。一日の終わりがけということもあって、思い出し笑いならぬ、思い出しイライラをすることもある。
家族に「今日こんなことがあってさー」と話して怒りを発散するときもある。私が話し始めると、母や妹も同じ熱量でその日のイライラ話をする。父は黙々と箸を進めながら、賑やかな私たちの話を聞いている。という構図が、一週間に一度くらい見られる。
そんな日も私はとても好きなのだが、二十一歳の女子大生には、家族にも言えない、自分に対する怒りの一つや二つくらいあるわけで。そういうときは、体の奥深くから湧いてくるマグマのような感情に任せて、熱唱する。

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家族がいても、窓が開いていても構わず、気が済むまで何曲も歌い続ける。一人カラオケに行けば済む話なのだろうが、あいにく、家の近くにカラオケがないのだ。防音の部屋でもないのに、まあまあな音量で歌っている。きっと、外まで丸聞こえなんだろうな。
お隣さん、音痴な、聴くに堪えない歌を聴かせてしまって、申し訳ないです。
歌うときには、アップテンポの曲もバラードも、曲の世界観に足の先から頭のてっぺんまでひったひたに浸かる。イヤホンは、そのときの気分に合わせて、したりしなかったり。スピーカーを使うときもある。意識せずとも普段より声が出ていて、知らず知らずのうちに右手で拳を作っちゃったり、アーティストの歌い方を真似しちゃったりなんかして。
そうしていると、だんだん喉が渇いてくる。冷蔵庫に入った、キンキンの水が飲みたくなる。
そこまで来れば、もうこっちのもんよ。
左手を腰に当てて、ペットボトルの水を飲む。まるで銭湯の湯上がり後にフルーツ牛乳を飲むように。コーヒー牛乳でもいいけれど。
冷たい水が、体だけじゃなく興奮状態の脳も落ち着かせてくれるようで、少しずつ、いつも通りの私に戻っていく。どちらかというと水よりもお茶の方が好きだけど、歌い終わった後は、なぜか水の方がしっくりくる。

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ここまで書いていて気が付いた。もしや、イライラしたときに冷たい水を飲めば、熱唱しなくとも怒りが治まるのではないか、と。
本当にそうなら、水を飲むだけの方が時間もかからないし、誰にも迷惑をかけずに済むのだから、そっちの方がいいじゃない。今度、やってみよう。
検証結果。多少のイライラは水を飲むだけでも治まるが、やはり熱唱した後の水は格別。
仕事終わりのビールと似ているんだろうか。学生の私にはまだ分からないが、私も、私の癖も丸ごと抱きしめたくなってきた。数年後も私の癖が変わらない生活ができていたらいいなと思う。