私が幼稚園児の時に飼っていた猫は、洗濯物を干すために開けた窓から外に出ては、出て数歩先のところで腰を抜かしてぶるぶる震えていた。自分から外に出たくせに、臆病なのかやんちゃなのか分からなかった。

当時の私はその姿を笑っていたが、15年近く経った今、自分が同じようなものだとひしひし感じている。

◎          ◎

人生で初めて髪を染めた。
きっかけは特にない。ただのヤケクソだ。もういいやとドキドキと恐怖といろいろな感情を「予約を確定する」のボタンに込めた。

大学やインターン先では髪を染めている子が多かった。透明感のある明るく綺麗に巻いた髪をシャーペンでくるくるといじる姿は、いかにも花の女子大生という感じがした。

反対に、茶道やバイトをしている塾では、そんな明るい髪が白い目で見られることは火を見るよりも明らかだった。
特に大好きだったはずの茶道は今、私の首をじりじりと締めるような、ふと息の仕方を忘れてパニックになるような恐ろしさをはらんでいる(詳しくは別のエッセイで書いているのでその辺の事情は割愛)。

大学生らしさへの憧れ。大人の白い目に感じるであろう疎外感。髪へのダメージや同級生達に似合わないと言われた時の恐怖。暗めの色ならバレないのでは、でもそれだと染める意味がないという葛藤。ヘアカラーで遊べるのは今のうちという甘い誘いと焦燥感。

結局私は毛先だけ明るく染めるという折衷案で自分を納得させた。気に入らなければ、何か不利益があれば切り落とせばいい。そう思った。

◎          ◎

勇気を出して初めて行った美容院の担当者はなんだか頼りない感じだった。質問しても自信なさそうに必要最低限のことを答えるだけ。私のオーダーに「かしこまりました」と全てにうなづくだけ。暖簾に腕押し状態で、本当にできるのか、色落ちしたらどうなるのか、不安なことだらけで薬剤が塗られ始めた。

私がここまでと言ったラインを明らかに過ぎたところまでカラー剤が塗られた。でも塗られた後では後の祭り。成人式前撮りのために髪を伸ばしているところだったから、これで失敗しても切り落とすという選択肢が無くなったと、私は後悔にかられながらじっと椅子に座って、退屈な雑誌をペラペラめくっていた。

初めてのカラーはちっとも気分が明るくならなかった。仕上がりは私が伝えた色と全く違った。なのに、いかがですかと言われて「いい感じです」といかにも人が良さそうに、満足そうに答える自分が嫌だった。鏡に映る自分に腹が立って、悔しくてもどかしくてでもどうもできなくて、ぐちゃぐちゃな気持ちだった。

◎          ◎

それから学校に行って、インターン先のオフィスに何度も行った。誰一人私が髪を染めたことには気が付かなかった。でも、自分で髪をみるとやはり元の黒髪とは明らかに違う焦茶色で、ざらざらとしたリカちゃん人形の髪のような手触りがあった。
染めて以来まだ茶道のお稽古はないからまだ分からないが、びくびくしながらお稽古に行かなければいけないという時点で気分は最悪。

私はいつまで経っても中途半端なままだと、中途半端に黒くて茶色い不恰好な髪を見て、いっそ切り落としてやろうか、もう一度染め直してやろうかと頭を抱えている。