「真紀さん、ランチでもどう?」社会人1年目の頃、一人で頑張っていた自分のデスクに近づき、営業部署でトップビラーだったイギリス帰りの女性先輩社員に声をかけられた。
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海外勤務の経験が豊富で、嫉妬するほどの言語感覚、元は通訳者を目指していたこともあったというほどの洗練されたBritish englishの話者で、海外経験の中で培われた日本人アイデンティティなのかどの季節もセミロングの黒髪で、エグゼクティブ・プレゼンスの堂々とした先輩女性だ。
まさかトップビラーで、語学も容姿も教養も営業としての明るさや社交性も秀でている、そんな自信に満ちた先輩にわざわざランチに誘われるなんて……と、声をかけられた時は、憧れと少しの緊張感がほとばしった。
「有難うございます。もちろんです。一恵さんのご都合のよい時、いつでも」
「ねぇ、真紀さんは何が食べたい?」
「えっと....、私はなんでも好きなので」
「えぇ、本当は何が好きなの?
「はい...、好きなのはイタリアンです」
「じゃあ、このビルの奥にある私のお勧めのイタリアンに行きましょう」
そうして案内されたのは、オフィス街から少し離れた閑静な地下1階にあるイタリアンレストランだった。
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普段オフィスであんなに精力的で統率力があり、外国籍社員からは時にインテンスでカリスマティックと揶揄されるぐらいの先輩も、私のような地味で控えめななかなか芽の出ない生粋の日本人の後輩社員を放っておけない、一度はきちんと向き合わないと気が済まない、そんな、どこか甲斐甲斐しいところもある、やはり実直な先輩だった。
お互い好きなパスタを注文した後、会話のほとんどは1年目の私の業務上の悩み相談や先輩の転職当時の経験談で終始した。営業としての売り出し方、多国籍チームでの日本人プレイヤーとしてのふるまい、ほかの内資・外資系クライアントとの付き合い方、それに限らず今後の社会人人生について。
「私も転職当初は、半年間ぐらい思うようにいかず結構ショックだった」「海外はイギリス含め3か国で勤務したけど、現地で友人を作って頼り、いつでも住めば都にしてきた」「人生は一度きりなのだから、仕事を楽しんでる人と仕事してね」と明朗闊達な言葉を頂いたが、やはり、この先輩は営業職だなと思うのは、’’聴く’’と話すのバランスが心地よいと感じさせるところであり、自身の経験から説得力ある姿勢で他人の背中を押せるところだ。
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未来志向の竹を割ったようなさっぱりとした性格で、これまでもこれからも自身の信念と行動力で未来を切り開いてこられ、時に理想と現実のギャップに直面しても、人生のオーナーシップは自分で奪回する。
’’逆境’’という道を歩んでいても必ず自分のターンになるよう情熱や関係性を大事に舵取りされる。そして、言葉に経験からくる迫力や説得力があり言葉で人を動かす、そんな人として、女性として、セールスパーソンとしての憧れの先輩そのものだった。
やはり自信に満ちた笑顔は、20代後半で単身海を渡って西欧で唯一の日本人として現地人達と対等に仕事をし、時に一人暗室に閉じこもりたくなるほどの失敗や無数の涙に裏打ちされて出るものなのだと確信した。
あのランチ後、私も夢を夢のままではなく現実にさせることへのこだわりや、「やりたい」と思ったことは、自身の信念を信じ、想像ではなく実体験をもって同じ目線になって人の意見を聴き手を引いていける、そんな人間になりたいと強く思った。