「助けて」って素直に言えますか。相手に迷惑が掛かるかもしれないし、自分の弱いところを見せるのは恥ずかしいし、私は人に助けを求めることができません。相談することが苦手です。

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大学4年生になってからの学生生活は、それまでと違って一気に苦しいものになりました。研究室に配属されたからです。

うまくいかない実験。説明もされず自分で学び取るしかない環境。距離感のわからない研究室の先輩。私より優秀でやる気に満ち溢れて、一緒にいると息が詰まる同期。顔を合わせる度に、どうだった?と実験やゼミの進捗を尋ねてくる教官。

今まで教授の講義をただボーっと聞いていれば過ぎ去っていた日々は終わり、常に神経をビクビクさせて実験をする日々がやってきました。

そんな研究室は私にとって地獄でした。研究室に行きたくないと思った朝は数え切れません。でも、研究を辞めるわけにはいきませんでした。研究室を辞めるというのは、大学を卒業できないということにほぼ等しいです。高い学費を出してもらってまで通う大学を、4年生になった最後の1年で無駄にするのは両親に申し訳ないし、何より自分のプライドが許しませんでした。

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大学の友達に相談しようにも、見栄っ張りで負けず嫌いな私は、友達に話したいと思えませんでした。将来に向けて研究室で有意義に実験する友達や、効率よく適度に手を抜いて楽しみながら研究活動をする友達に、研究室がつらいと打ち明けるのは、絶対に嫌でした。

でも、誰か私を助けて欲しい。

素直に「助けて」と言えないのなら、どうしたらよいか。「助けて」を表明するためには、助けを他者に求めても許される、言い訳が必要でした。
そこで、「健康であること」という土俵から逃げることにしました。病気になってしまえば、正当に助けてと主張できる。

そんな思考に飛躍した私の心身は、食べ物を受けつけなくなりました。
食べられない日々が続くこと2年以上。食事量は減少し続け、それにつれて当然体重も減少しました。そして研究室に配属されてから3年目、私の体重は25kgを切りました。走れなくなり、階段も登れなくなりました。

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日常生活に支障をきたすようになって、かかりつけ医から大きな病院を受診させられ、私に下った病名は「摂食障害」。医師からは入院を勧められました。「命にかかわる」「いつ倒れてもおかしくない」「入院しても助けられるかわからないほどの数値だ」という、まるでドラマかと思うような言葉が医師から告げられました。

こんなセリフを聞かされたら、普通の人はショックを受けるでしょう。 
しかし、その言葉を聞いていた時の私の気持ちは、安堵、でした。これで大手を振って「助けて」と言える…。
 

病院受診後は、研究室へ通う頻度を減らしました。だって、本来なら入院になるような体調なのだから、休んでも誰も文句は言えないはず。週に2、3回は研究室をサボります。午前中に研究室でストレスを感じれば、午後には帰宅してしまいます。

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今なお私の心身は食べることを拒み続けています。食べたら健康に近づく。健康になったら、また朝から晩までの研究生活が週5日で始まってしまう。始めなければならない。

本来なら、誰かに相談して環境を変えるべきなのでしょう。今時、体調不良やメンタル不調の問題で休学するのも珍しいことではありません。
でもやっぱり、「普通の」私が研究室をストップして休学するということを、自分で許せないでしょう。「病気の」私であることで、自分自身に研究室をサボる行為を許すことができます。

今日のお昼ご飯は、手のひらに乗る半分の量の酢キャベツ。痩せることで健康体を手放して、病気の世界に逃げ込み、研究室を休むことを自分に許すために。