「髪、ちょっと刈り上げようかな」

私がそういうと、パートナーはちょっとだけ躊躇する表情になった。

「刈り上げちゃうの?なんで?」
「暑くなってきたし、短くしたいし、一回刈り上げてみたかったから」
「ふうん。いいけど…またそのうち伸ばすんだよね?」

パートナーは恐る恐る聞いてきたけど、そのときの私にはしばらく髪を伸ばす予定はなかった。
思いっきりメンズライクで、ハンサムなヘアスタイルになりたかったから。

◎          ◎

私は女性として生まれて、性自認もずっと女性だった。
でも、物心ついてからというもの、中性的なスタイルに憧れ続けてきた。

母曰く、保育園に通っている頃からスカートやピンク色の服を嫌がっていたそうだ。
その感覚は今でも覚えているし、就職活動のときも頑なにタイトスカートは履かなかった。
今でこそ違うかもしれないけれど、数年前は女性がパンツスーツで就活をするのがまだ珍しかったようで、「なぜスカートを履かないんですか?」と面接官に訝しげに尋ねられたこともあった。それでも、私はパンツスタイルを貫いた。

今ではスカートもたまに履くし、いわゆる“フェミニン”な雰囲気の服装も好きだと思うようになった。
それでも、中性的になりたい、性別を感じさせない存在になりたいという思いは消えない。

刈り上げたいと思ったのはこれが初めてだったけれど、私はこれまであらゆる髪型を試してきた。

◎          ◎

肩より下まで髪を伸ばしたのはほんの一、二回で、あとはボブヘア、ショートヘア、ベリーショートを何度かローテーション。
天然パーマの髪にさらにパーマを当てたこともあったし、インナーカラーにも複数回挑戦。髪全体を明るいブルーに染めたこともあった。

ブルーに染めたときは、ボーイッシュな少女が同性と恋をする映画『アデル、ブルーは熱い色』の画像を美容師さんに見せた。ブルーのショートヘアが似合う、ボーイッシュな女の子になってみたかったのだ。

私は自分を特定のタイプに規定できない、とずっと思っていた。
なりたい人物像やイメージは数ヶ月単位で変わるし、ボーイッシュになりたいときもあれば、洋画に出てくるような、大人の女性らしい雰囲気に憧れるときもある。
自分のキャラクターを定めずに、いつでもなりたい自分のイメージをバージョンアップさせることができる。そのための一番手っ取り早い手段が、私にとっては髪型を変えることだった。

◎          ◎

結局、私は髪を刈り上げなかった。
「かなり男性っぽくなってしまいますよ?」と慄いた美容師さんに、ひとまず刈り上げずに短く切るだけのスタイルを提案されたのだ。それでも、担当した美容師さんは「女性の髪をここまで短く切ることは滅多にないです…」と言われた。

次に美容室に行ったら刈り上げてもらおうかな、と計画していたのだけど、つい最近考えが変わった。

髪を伸ばそう。
あごのあたりで切り揃えるボブヘア―にしよう。

それは、髪を刈り上げたいと思ったときと同じくらい、唐突な思いつきだった。
特に明確な理由はないけれど、しいて言えば、メンズライクな髪型とファッションの組み合わせに少し飽きていた。
髪はボブまで伸ばして、ナチュラルだけどきちんとして見える程度のメイクをして、その上でちょっとボーイッシュな服装をしたら可愛いだろうな、とふいに思ったのだ。

◎          ◎

ベリーショートにしたときも「似合うよ」とパートナーは言ってくれたけど、ボブヘアーくらいの長さが好みだと言っていたから、伸ばしたらきっと喜ぶだろうな、とも思う。

でも、パートナーがどう思うかは、単なるおまけ。
私は私がなりたい自分になるために、髪型を変えるのだ。

トップをかなり短く切ってもらっていたから、髪が伸びるまでにはかなり時間がかかるだろう。
伸びるまでに一度、シースルーマッシュという髪型を試してみるのもいいな、と、またボーイッシュなヘアスタイルへ寄り道することもひそかに考え始めている。