「次会ったとき、今度こそホテル行こう」
前回のデートで怯えて逃げて、そのあとに約束したこの言葉を信じて連絡を待っていた。けれど、薄っすらと決めていた約束の日が迫ってきても、あの人から連絡が来ることはなくて、我慢できなくなって連絡を入れた。既読はついたけれど、返ってきたのは半日後だった。「わるい!」と謝罪めいた言葉から始まるのが、とても珍しかった。しかし、その日は雨が降りそうだから、と渋る。じゃあまた晴れた日に、と諦めようとすると、来月のシフト教えて、とくる。来月のお休みが合うのは6日か26日。どちらも空いていると伝えると、電話がかかってきて26日に決まった。
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そして明けた翌月は、大変な月だった。母方の祖母が急に亡くなったかと思うと、その10日後に父方の祖父が亡くなった。2回のお通夜とお葬式に初七日、遺品の整理などでバタバタと過ぎ去っていき、入れていた予定は殆ど延期か中止になった。しかしあの人とのデートは、唯一生き残っていた。全ての法事が終わってようやくひと段落つき、ウキウキしながら久しぶりにあの人に連絡を入れたのに、「てか、ほんまにするの?」なんて返ってきた。せっかく楽しみにしていたのに、心底うんざりだった。
こんな心理戦みたいな、頭を使うメッセージのやり取りは初めてだった。法事の合間を縫って色々なことを調整していたし、男性経験のない私の初めてに対して気持ちも固めていたのに、このタイミングでそんなことを聞かれるなんて心外だった。最終的に会うの楽しみだね、と落ちたはずだったのに、その数日後にまたリスケの申し出がきた。そのメッセージを見たのはジムのレッスンの合間の休憩中で、26日に行けないからと無理して連続で受けていた2回目のレッスンの直前だった。キャンセルも出来ないタイミングで、行き場のない虚しさを抱いて必死に身体を動かしていた。
帰り道に腹が立って電話をかけると、すぐに切られた。
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「いま電話無理やわ、明日かける!」
のちほど返ってきたメッセージの言葉通りに、翌日は電話がかかってきた。嘘か本当かわからない言い訳じみたリスケの理由をグタグタと話され、挙げ句の果てのカミングアウトだった。
「急に電話かけてきたら困るわ。彼女…っていうか奥さんと一緒にいたのに」
一瞬、言葉を失った。前回のデートの帰り道に2回、あの人から飛び出た言葉に引っかかり誤魔化されて、モヤモヤしていたことが頭をよぎった。それは怖くて聞けなくて、知ってしまえば諦めないといけないことだった。
「…結婚してたんですか?」
「うん」
「じゃあ、もうだめじゃないですか」
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結婚願望もなく恋人もいらない私が、初めてを体験するならこんな人がいいと思って見つけた素敵な人だったけれど、こんな面倒なことになるとは夢にも思わなかった。1回身体を重ねて、それで関係を終わりにしようと提案していたのに、あの人がそれを拒む。期待を持たせるだけ持たせて、先延ばしにする。ずるいことをさせているのは、私のせいなんだろうか。先に振り回したのは私だけれど、同じ分だけ振り回されている。
「来月の予定がわかれば連絡する」
聞き飽きた台詞から、また何日も経った。もう来月の予定は、とっくにわかってるはずだ。諦めようとすると引き止められて、確認すると濁される。もう来ない連絡を待つのは、疲れてしまった。
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俄に予定の空いた26日は、いつもより露出の多い格好をして、ひとり街に出て映画を見た。映画館のトイレの洗面台で、ふと鏡の中にいる自分と目が合った。なんだか疲れていて、髪の毛もボサボサだったけれど、なぜかとても綺麗だった。自分を見て綺麗だと思うのは、初めてのことだった。日頃の努力の成果に嬉しくなって、そして同時に悲しくなった。
もし1度身体を重ねてそのままずるずると関係が続いてしまうと、悲惨な結末が待っていたかもしれない。だからあの日逃げ帰ったのは正解だったと、自分に言い聞かせるしかない。少なからずあの人のおかげでもあるけれど、私はもう、自分で見惚れるほど綺麗になった。だからきっと大丈夫。このまま一層自分自身を磨いていけば、あの人よりもっと素敵な人と出会って、もっと素敵な恋ができるはずだ。